第九百三十四夜 津田清子の「雲の峰」の句

 これまでの77年近く生きてきた中で、すてきな形の雲の峰に出逢うと、時間があれば、ぼうっと雲の動きをいつまでも眺めていることがあったなあ!
 
 2年前、近くにできたショッピングモールのイオンタウンで買物をした後、外に出ると、目の前に巨大な筒型の黒雲がドーンと聳えていた。めったに見ることのない真黒な雲なので、このあと豪雨になるのかしら、この黒雲の下はどの辺りなのかしら、などと立ち止まった見知らぬ人同士が、会話をはじめ、黒雲に見入ってた。
 
 30分ほど眺めていただろうか、やがて黒雲は解けるように消えた。「雨が降って黒雲は消えたようね・・」の声とともに、人々も散らばっていった。この黒雲も雲の峰と呼んでよいのであろう。
 
 今宵は、「雲の峰」の作品をみてみよう。

  ブルドーザー雲の峰まで平らさむと  津田清子 『名句もかなわない子ども俳句170選』あらきみほ編
 (ブルドーザー くものみねまで ならさんと) つだ・きよこ

 ブルドーザーはビルを建てる前の地ならしや、幹線道路の道路工事など大きな工事現場には必ず見かける重機である。津田清子さんは大人の有名は俳人だけど、雲の峰を眺めていると、こんな素敵な子ども心いっぱいの発想が湧いてきた。
 
 何でも平らにしてしまうブルドーザーだ。そうだ、ブルドーザーで運転すれば、あのモクモク動いている雲の峰だってペシャンコに平らにしていまうことだってできるに違いない。

 津田清子は、橋本多佳子の「七曜」同人、後に山口誓子の「天狼」同人。主宰誌「沙羅」創刊、後に「圭」に改称。第六句集『無方』で第34回蛇笏賞受賞。
 

  入道雲力士になつて見合つてる  小5 合田健介 『名句もかなわない子ども俳句170選』あらきみほ編
 (にゅうどうぐも りきしになって みあってる) ごうだ・けんすけ

 入道雲は積乱雲のことで、もくもくとわきあがる雲は、げんこつをかためて睨み合っている相撲の力士に見えてきた。入道雲と力士が似ているのは、試合が始まるや、互いに動いて止ることがないからであろう。
 今日は、7月場所の10日目である。9日目を終えて、1敗の横綱が破れて、2敗の力士が6人並んでいる。
 
 入道雲も力士も、ずっと動き回っている。相撲は勝敗がつくけど、入道雲の勝敗ってどうなるのかなあ、と健介くんは考えた。健介君の気持ちになって、この私も、おとなになってこの本を書いて居る頃、入道雲を眺めたことがある。
 時間が経つと、入道雲はほぐれてしまい、いつの間にか、美しい夕焼け空になったしまった。

  厚餡割ればシクと音して雲の峰  中村草田男 句集『銀河依然』
 (あつあんわれば シクとおとして くものみね) なかむら・くさたお

 中村草田男は、巨大な雲の峰を眺めながら、餡のたっぷり入った大きなお饅頭を思った。この「厚餡」は、お祝いごとやお盆など仏前に供える、あのお饅頭であり、草田男の造語であるといわれる。
 
 草田男は大きな饅頭を食べようとして2つに割った。そのときに感じたのが、「シクと音して」の7文字であった。
 もし人の耳に音が聴こえたとすれば、「シク」という、聴こえるような聴こえないような幽かな音であったと、草田男は詠んだのだ。
 昭和25年の作。