第九百四十八夜 あらきみほの「花野風」の句

 私が俳句という文芸に興味をもって俳句にのめり込んだのは、経営していた出版社「蝸牛社」で、『蝸牛 新季寄せ』、『子ども俳句歳時記』『蝸牛俳句文庫』俳句シリーズ、『秀句350選シリーズ』など俳句関係の制作と編集に多く携わってきたからである。つねに資料に囲まれて編集の仕事をしていた。
 
 師の深見けん二先生は、高浜虚子の最晩年の弟子である。常に言われてきたことが三つある。
 1・俳句の詩と一般の詩とは違うのですよ。
 2・季題を客観的に詠んでも、あなたの個性は自ずから滲み出るのですよ。
 3・もっと季題(季語)を信じていいのですよ。
 
 こうして長いこと俳句の編集に携わってきたことから、現在は俳句を、趣味の遊びのようなブログ「千夜千句」を、ほぼ毎日のようにネット上にアップしている。
 「千夜千句」では、季題(季語)をもっと深く知っておきたいと考えて、季語の効いていると感じた作品の鑑賞をつづけている。

 本日、紹介するのは、8月生まれの親友の二人が、しかも77歳の喜寿の誕生日を迎えるということで、お祝い句を詠んでみた。
 
 1945年8月20に生まれた上田祥子さん、8月30日に生まれた田永紀子さんとは長いお付き合いである。、上田さんは、西戸山第二中学校、高校と大学は青山学院で10年間をご一緒した。田永紀子さんは高校と大学は青山学院で7年間をご一緒した。お二人とも長きにわたってお付き合いをしてきた親友である。
 
 今宵は、詠みたての誕生日のお祝い句を紹介させていただくことにしよう。

■上田さんの誕生日

 1・花野風のつもり花畑のつもり  あらきみほ
 2・マンションの廊下散歩や花野人   々
 3・秋めくと二人の友は喜寿となり   々

 上田さんは、足腰に難病が出て・・もう20年近くなっている。毎年必ず4人の仲良しが集って銀座で美味しいものを食べてお喋りをしていたが、コロナ禍となり、ついにメールでのお喋りだけになってしまった。私も、もう3年近くなるが転んで骨折をして杖をつく身となった。
 
 1句目、2句目が上田さんの毎日の散歩風景を詠んでみた。メールでは、コロナ禍でマンションの外には行きたくないので、マンションの廊下を手押し車を押しながら散歩をしているとお聞きしていた。

 秋の季語には「花野」がある。散歩と云えば、俳句に詠むときには、楽しい光景にしてみたい。そう考えて、花野を散歩していることにしよう。
 マンションの廊下を散歩している上田さんの心持ちは、きっと「花野人」のように華やいでいるにちがいない。

 この作品を詠んで、メールで送ると、すぐに返事をいただいた。
 「花野風のつもり花畑のつもり が、好きです。今の私にとって”つもり”は大きいのかもしれません。」と。
 
 返事には「つもり」が好きだと書いてあった。わかってくれたことが、なにより嬉しかった!「つもり」は、何気なく出てきた言葉であるが、リズムのある作品になったかもしれないと思っていたので、上田さんが直ぐに理解してくれたことが嬉しかった。
 
■田永さんの誕生日

 1・うすものや喜寿の祝ひの席にをり  あらきみほ
 2・祝されて秋の絵扇馥郁と        々
 3・秋めくと二人の友は喜寿となり     々

 田永さんとも、長いことお会いしていない。今回の俳句には登場しなかったが、もう一人堀江さんがいる。堀江さんがご病気をされてから外出は車椅子。コロナ禍になる前に銀座でお会いした時には、息子さん夫婦が車で送ってきて、お嫁さんが堀江さんを、2階の待ち合わせのレストランまで車椅子を押してきてくれた。
 
 1句目、お母様の手ほどきで長いこと茶道をしている田永さんは、たとえば、青学のクラス会などいつも着物姿で現れる。きっと喜寿の日にはお客様がいらしても、レストランでの会食であっても、8月生まれの田永さんは、絽や上布など羅(うすもの)をお召になっていると想像した。

 4人の仲間の2人が8月生まれということで、今日の「千夜千句」の1夜とした。