第九百六十三夜 あらきみほの「赤とんぼ」の句

 このところ赤とんぼを見ていないように思う。東京の練馬区に住んでいた頃、私の吟行の場であった光が丘公園の一番奥まで、よく犬を連れて散歩していた。
 ある日、午後の夕方近い時間帯であったと思うが、赤とんぼの一連隊に出合った。横幅7メートル、長さは50メートルはあったと思う一連隊であった。広い公園とはいえ、東京練馬区でのことであった。
 私も犬もびっくりして、ただ立ち止まって、赤とんぼの一連隊が通りぬけるまで眺めていた。

 その後、調べることもなく確認することもなく、すでに深見けん二先生の「花鳥来」で学んでいたのに・・よい作品ができなかったのだろう、作品としては残っていない!

 今宵は、「赤とんぼ」の作品を見てみよう。


  海へ向く白い教会赤とんぼ  あらきみほ 俳誌「花鳥来」
 (うみへむく しろいきょうかい、あかとんぼ)

 大学卒業後に私が勤務したのが、長崎市のプロテスタントの活水女学院高校で英語を教えていた。夫は県立東高校で社会科の教員として4年間を過ごした。この長崎時代に出会った夫の友人の遠山博文さんは、私の友人でもあり続けてくれた方である。
 
 掲句の教会とは、江戸時代の初期にオランダからキリスト教の布教にやってきて、後に、江戸幕府の追われる身となった宣教師の隠れ家であり布教の場でもある小さな教会堂である。
 こうした隠れキリシタンの棲家兼教会堂を、遠山さんは、車で案内してくれた。ここは、野母崎半島の突端に近い丘の上で、五島列島を遠くに眺めることができた。
 
 確か、9月であった。久しぶりに長崎へ行き、遠山さんと遊んだ。青い海、小さな白壁の教会の周りに飛んでいる赤とんぼが、ことに印象的であった。


  肩に来て人懐かしや赤蜻蛉  夏目漱石 『漱石全集』
 (かたにきて ひとなつかしや あかとんぼ) なつめ・そうせき

 「赤蜻蛉」は、赤い色をしている小型のトンボ、アキアカネのこと。夏には高山にいるが、秋になって気温が低下してくると、体も赤色となり平地にもどってくるという。しみじみと秋を感じさせてくれるトンボである。
 
 「人懐かしや」とは、漱石の句に「肩に来て」とあるように、ふっと人の肩に止まるなど、トンボの方も人懐っこいのである。そこが「人懐かしや」なのであろう。
 
 小学生の頃、近所のお兄さんが、私たちの仲間のアッコちゃん、ユッコちゃん、トモちゃんと一緒に近くの雑木林でチョウやバッタやトンボを捕まえては遊んでくれた。赤トンボはお兄さんの指先にちょんと止まっていたではないか・・!