第九百七十夜 山田皓人の「林檎」の句

 第九百六十八夜の、大学Ⅰ年の音声学(フォネティックス)の授業での老教授の林檎の話のつづきをしておこう。もしかしたら「千夜千句」も3年目が近くなっているので、林檎の季節のときに、老教授の話した女の子と男の子の小さなラブ・ストーリーを書いていたかもしれないが・・。
 
 男の子は、隣の家の女の子がだいすき。女の子は、隣の家の男の子がじぶんのことがだいすきだということも、キッスをしたいと思っていることも知っていた。
 林檎園のリンゴは、今、白い花盛りだ。女の子は考えた。
 「林檎の木に赤いリンゴがなったら、キッスをひとつあげるわ。」と、男の子に言った。
 
 次の日のこと、男の子はリンゴの木の下へ、女の子の手をひいて連れていった。女の子はおどろいた・・なぜって、どの木のどの枝にも、絵に描いた赤いリンゴがびっしりぶら下げてあったのだ。キッスをいくつあげようか・・。
 
 今宵はもう一夜、「林檎」の作品を見てみよう。
 

  ころげゆく林檎にのびし象の鼻  山田皓人  『ホトトギス新歳時記』
 (ころげゆく りんごにのびし ぞうのはな) やまだ・こうじん

 パンダ、ゴリラ、象は人気者だから、上野動物園は小さな子ども連れの親子でいっぱい。一番前でゆっくり見たいところだが、ギュウギュウと押されてはじき出されてしまう。象さんの図体は大きいけれど、リンゴは飼育係のおじさんがあげる時も、見物人が柵の外から投げ入れる時も象の足元に転がってゆくので、食べる瞬間を見ることはむつかしい。
 
 象の柵の前で、象が投げ込まれたリンゴを、長い鼻を上手につかって足元のリンゴを口元へ入れる瞬間を、一度だけ見たことがあった。
 丁寧な客観描写による描写力は凄い! スローモーションビデオで見ているように17文字で捉えていた。


  子の顔もりんごの仲間りんご園  成田千空  『成田千空句集』『名句もかなわない子ども俳句170選』あらきみほ編著
 (このかおも りんごのなかま りんごえん) なりた・せんくう

 成田千空氏の作品は、あらきみほ編著『名句もかなわない子ども俳句170選』を編集する際に、俳人協会の図書館で見つけた。
 
 並べた子ども俳句は、当時経営していた出版社「蝸牛社」が、『子ども俳句歳時記』を編纂した際に、日本中の子ども俳句を集めた中の、小学5年生の榊原良子さんの〈りんご一つごろんとテーブルから落ちる〉であった。

 俳句仲間の実家の青森へ遊びに行った時に、林檎園に立ち寄った。林檎畑は、作業がしやすいように目の高さに枝があって収穫できるようになっていた。一つ一つの林檎の大きいこと・・いつも行くスーパーには売られていない大きさであった。
 掲句の「子の顔もりんごの仲間」・・まさにその通りだ・・確かに「優に子どもの顔の大きさほど」なのであった。