第九百七十二夜 星野麥丘人の「秋場所」の句

 9月11日から「大相撲九月場所」が始まっている。今日は三日目。
 思い出すことがある。新聞社に勤めていた父が会社から帰るなり、「ミホ、日曜日の最終日の相撲のチケットを2枚もらったたから一緒に行こう。土俵際の一等席だぞ!」と言った。
 
 ちょっとへそ曲がりの私は、「革靴が小さくなって履けないからイヤよ!」と言ったことを覚えている。何故「イヤ!」と言ったのだろう。中学生になっていた私は、お父さんと二人で出かけるのが気恥ずかしかったのだ。革靴のせいではなかった。お相撲が始まるたびに、「素直だったら・・砂かぶりという特等席でお相撲を見ることができたのに・・!」と、今でも残念な気持ちがよぎる。
 
 「相撲」は好きだ・・大きな躰と躰がぶつかり合って、大きい方が勝つとはかぎらないし、小さいから負けるわけでもない。行司の軍配が返るや、いや、軍配が返る前から双方の勝負は始まっている。そのせめぎ合いがテレビ画面から感じられるのだ。テレビでも解説してくれるのに、わざわざテレビの音を小さくして、夫が私に解説するという、「最悪のパターン・・」がわが家の相撲の時間である。

 今宵は、「相撲」の作品を見てゆこう。


  秋場所の風のひだるき初日かな  星野麥丘人 『現代歳時記』成星出版
 (あきばしょの かぜのひだるき しょにちかな) ほしの・ばっきゅうじん

 「ひだるき」は、ひもじいという意味。「秋場所の風のひだるき」とは、よい季節になって行われる秋場所は、相撲取りも相撲を観ににくる客も、ひもじがっている・・相撲取りたちは土俵に立ちたいし、お客は相撲を早く観たい、という餓えた心というか逸る気持ちのことであろう。
 それが初日なのですよ、ということである。


  猫だましと言う手もありて九月場所  波多野寿子 『現代歳時記』成星出版
 (ねこだまし というてもありて くがつばしょ) はたの・ひさこ

 相撲の奇襲戦法の一つである。立ち合いと同時に両手を突き出して相手の目をつぶらせることを目的とした戦法。瞬間に相手に隙を作らせて、自分を優位な形にする戦法であって、たとえ相手が驚いて倒れたとしても、「猫だまし」は決まり手とはならないという。
 
 かつて横綱白鵬が同じ試合の立ち合いで二度つづけて猫だましをしたことがあった。普通は小兵が奇襲戦法としてやる技なので、試合後に苦言を呈されたという。
 
 波多野寿子さんは、土俵近くの席で見たのであろう。


  秋場所や退かぬ暑さの人いきれ  久保田万太郎 『蝸牛 新歳時記』
 (あきばしょや のかぬあつさの ひといきれ) くぼた・まんたろう

 秋場所は九月場所とも言い、九月の第二週目の日曜日が初日である。まだまだ暑く蒸し暑いのがこの頃であって、「退かぬ暑さ」がどんと居座っている時期でもある。
 
 相撲ファンは、暑くても寒くてもテレビの中で観るのではなく、スポーツである相撲も、相撲取り同士が汗にまみれてぶつかってゆく姿を観るのが好きなのだ。

 久保田万太郎は、浅草の生まれ。芝居も好きだが、粋なスポーツである相撲も好きだったに違いない。