第九百九十二夜 勝又洋子の「蓮根掘」の句

 茨城県はレンコンが全国一位という産地である。勝又洋子さんをお連れして土浦の蓮根掘を見に行ったことがあるが、随分と昔のことで、深見けん二先生の「花鳥来」に入会して間もなくだったと記憶している。俳句は、まず「見ること」が第一であると教わって、会員の誰もが熱心に吟行に励んでいた。
 蓮田にレンコンが育つのは冬なので、私たちは厚着をして出かけた。
 蓮田に入って掘り上げる人は、防水服で身を固めていたと思うが、印象的だったのは、水中から抜いたレンコンを高々と上げて見せてくれたおじさんの笑顔であった。
 
 今宵は、「蓮根掘」「枯蓮」の作品を見てみよう。


  泥水に抜き手掻き手や蓮根掘  勝又洋子  野村陽子画『細密画で楽しむ里山の草花100』
 (どろみずに ぬきてかきてや はすねほり) かつまた・ようこ

 次の文は、中経文庫『細密画で楽しむ里山の草花100』の中の「レンコン」に付けたものの一部である。
 「冬になると、枯蓮田の泥の下にはひっそりとレンコンが育っています。
 
   泥水に
     抜き手掻き手や
          蓮根掘
 
 レンコン掘りは、胴長を着て左手に大きなノズルを構え、勢いよく噴き出す水の力で冷たく深い泥底を探ります。レンコンを探り、根の向きを探り、折れないように、どろどろになって掘り出します。」
 
 掲句は、その土浦で見た時の作品であろう。
 
 その後、「蓮根餅(れんこんもち)」という一品をご馳走になったのは、八ヶ岳山頂にまだ雪の残る2月、清里に住む、植物細密画の画家である野村陽子さん宅でのことである。蓮根餅は、すりおろしたレンコンをそのまま丸めて油で揚げたシンプルな料理だが、もちもちした食感が独特で美味しかった。
 植物細密画によるレンコンの作品は、2003年にピッツバーグ市で開催されたボタニカルアート国際公募展で入選しました。」


  蓮根を摑み上げたる泥菩薩  太田土男 『現代歳時記』成星出版 
 (れんこんを つかみあげたる どろぼさつ) おおた・つちお

 掘り上げた長いレンコンを摑み上げた・・レンコンをゆっくりと真っ直ぐに壊さないように、泥田から摑み上げたお百姓さんの手にあるのが、お百姓さんにとっての「泥菩薩」である。壊れずに無事に摑み上げた瞬間・・大事なレンコンは菩薩に・・この光景を目にした土田さんにとっての泥菩薩になった。

 「菩薩」とは、仏の次の位のもののことであり、みずからも菩提を求める一方で、衆生を導き、仏道を成就させようとする行者のことである。
 土田さんにとっては、この時に見たレンコンが「泥菩薩」となったが、他の人にとっては、全く別のものが菩薩となるかもしれない。