第十八夜 深谷雄大の「白鳥の仮死」の句

 「死」のテーマは三夜目となり、今日は第十八夜目である。「死」の句を選んでいて出合った「仮死」の句も是非ここに紹介したい。
 もう一つ、高浜虚子の俳誌「ホトトギス」の中で見つけたブラジル移民の作品の中から、他郷で亡くなった移民の生死観を詠んだ作品もここに紹介しておきたい。

 1・白鳥の仮死より起てり吹雪過ぐ  深谷雄大
 (はくちょうの かしよりたてり ふぶきすぐ) ふかや・ゆうだい
 
 一羽の白鳥が吹雪の中で、生きているのだろうか動けなくなって死んでいるようにも見える。助けられるだろうか助かるだろうかとそっと近づいてゆくと、白鳥は人の気配を察知したのであろうか、やにわに仮死の状態の身を起こした。吹雪もどうやら収まってきたようだ。
 
 この作品は、「死」ではなく「仮死」。死んでいるように見えたのだ。
 
■ブラジル移民の「死」

 2・今年また平凡ならん死なざれば  佐藤念腹
 (ことしまた へいぼんならん しなざれば) さとう・ねんぷく

 佐藤念腹のプロフィール。高浜虚子に師事。新潟出身の念腹は1913年にブラジルへ移住し、日系ブラジル移民1世。戦前は長男が家督のすべてを継ぐ慣わしだったから農家の次男、三男は故郷を出て新天地を切り開くしかなかったから、彼もまた大農家になることを夢見て「世界の田舎」であるブラジルへ人生を賭けて渡った。
 
 出国の際には虚子から『畑打って俳諧国を拓くべし』の短冊を寄せられた。念腹は、ブラジルからホトトギスに投句し、「雷や四方の樹海の子雷」の作品が巻頭になった。雑詠句評会での虚子の評はこうであった。
 「子雷とはよく言った。実際の景色は大きな雷がなって、それが四方の樹海に反響するのであるか、または大きな雷が頭上に鳴って、それから小さい雷が四方の樹海でごろゝと鳴るのであるか、どちらであるかはわからないが、然しいづれにしても子雷といふ言葉を捻出したのは念腹君の作句の技倆が著しく進歩したことを證明する。」
 念腹は、虚子の句のように、まず大農家になった。もう一つはブラジル移民に俳句を教え、俳諧国を拓いたのであった。
 
 掲句は、念腹がブラジルでの生活と俳句の二つ共に、どっしりと腰を下ろした様子が見えてきた。まずは日本から遠く離れた地で、健康で死なずにいれば平凡でもいいではないかと悟りきったのであろう。

■2月のみほの句
  白梅紅梅大地主の門構へ 
  球白く芝につと出しクロッカス
  死は句点はた春夕焼の読点か