第二十六夜 大石悦子の「歌かるた」の句

 次はどなたの句集を紹介しようかと書棚を整理していたら丁度、俳人協会編自註現代俳句シリーズ・Ⅱ期59巻の『大石悦子集』と目が合った。先ずは、簡単な経歴を見てみよう。
 「昭和13年、京都府舞鶴市生まれ。昭和29年、作句開始。鶴入会。石田波郷、石塚友二、星野麥丘人に師事。昭和55年度「鶴」俳句賞受賞。第30回角川俳句賞受賞。」とあった。
 
 『大石悦子集』の中で、たくさん出合った好きな作品から紹介してみることにする。

 1・歌かるた歳とってからわかること  大石悦子
 (うたかるた としとってから わかること) おおいし・えつこ
 
 中七下五の「歳とってからわかること」はあらゆることに当てはまると思うが、「歌かるた」は百人一首のことである。今年77歳の喜寿の私の幼い頃のお正月は、子ども専用のカルタではなく、カルタと言えば「百人一首」であった。祖母やお母さんやお姉さんが読み手となって、一首の上の句の五七五を読み上げる。畳の上に散り敷かれているのは、下の句の七七の文字だけ書かれた札である。
 例えば読み手が、小野小町の「はなのいろは うつりにけりな いたづらに」と読み上げると、一首を覚えている人は、畳に散り敷かれた下の句「わがみよにふる ながめせしまに」の札をさっと見つけて取る。初心者は必死になって文字を読んでさがし、見つかれば「はい!」と言って取るのだ。
 
 幼い頃は、歌の内容は分かるはずもなかったが、大人になって歌の意味が分かるようになると、せつない恋の歌であり逢瀬の歌であることが分かってくる。
 
 百人一首は、古今集、拾遺集などの恋の歌が多い。たとえば、小野小町の「花(はな)の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(古今集 春 113)」、柿本人麻呂の「 あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む(拾遺集 恋 778)」などである。

 2・優曇華に夫呼べば子も犬も来て
 (うどんげに つまよめばこも いぬもきて)
 
 高浜虚子の晩年の弟子の深見けん二先生の俳句結社「花鳥来」では、たとえば吟行先を石神井公園に決めると、会員は午前中から各自は吟行をして提出する作品を五句作ってから句会場に入る。句会は午後一時に始まる。
 吟行先は広い公園などだから、季節によっては優曇華に出合うこともある。
 「あっ、もしかしたら優曇華かしら?」など、一人が声を上げるやたちまち人だかりができる。
 
 この作品は、作者の庭先であろう。「ねえ、これ優曇華じゃないかしら?」と、夫を呼べば、側にいた子も、犬までも「なんだろう?」とばかりに近寄って来たというのだ。私たちのすることに興味しんしんのわが家の黒ラブのノエルも、かならず近寄ってくる。
 下五の「犬も来て」が加わったことによって犬も家族の大切な一員であることが分かって、素敵だ!

 3・母よ月の夜は影踏みをしませうか
 (ははよつきのよは かげふみを しましょうか)
 
 大石さんのお母様もそうであったのだろう、私の母も、私よりもずっと無邪気だった。母の方が先に影踏みをしながら「みほ、素敵な月影が落ちているじゃない! 影踏みをしましょうよ! たのしいわよ!」と、誘ってくれていたことを思い出している。私よりずっと細くて動きの軽やかな母であった。

 4・友になりたし石榴十ではどうだらう
 (ともになりたし ざくろとおでは どうだろう)
 
 大石悦子さんの提案の「石榴十ではどうだろう」のざっくり感がいいなあ。
 こんなふうな提案をされたら、きっと私も「いいわよ-! 」とすぐさま友になると思う。私が男性だったら恋人にだってなってしまいそう!

 5・雁風呂といふうつくしき火の色や
 (がんぶろと いううつくしき ひのいろや)

 「雁風呂」は憧れの季語の一つではあるが、実際に見たことはない。運転が好きなので若い頃は走り回って色々な場面に出くわしたが、早朝の浜辺には行ったが夜の浜辺はちょっと危険かも・・素通りしていた。