第百四夜 岸本尚毅の「末枯」の句

  末枯に子供を置けば走りけり 『舜』『夫婦の歳時記』
  
 作品をみてみよう。
 
 「末枯」は、晩秋、野山の草が葉の先の方から枯れはじめることをいう。遊び場の野原に到着すると、父は、腕に抱いている子をそっと枯れ枯れとした地に下ろした。まるで大事なものを置くかのように。だが子の方は、いきなり前に向かってとことこと走りだした。子どもは、勝手きままに動き回りいつだって前進あるのみだ。父親も母親も慌てて子を追いかけている姿が、目に浮かぶ光景である。
 
 掲句は、上五「末枯に」で一旦切れ、次に中七下五で「子供を置けば走りけり」という事実を入れた、二句一章の作品である。そう考えた時、末枯は枯れて萎れてゆくものであり、一方、子は未来へと躍動してゆくという本質を持つものであるから、緩やかではあるが、二物衝撃の作品ではないかと思った。
 季題「末枯」の質感の柔らかさと、吾子の走る速度とがうまく照応した作品である。
    
 掲句は、蝸牛社刊の俳句・背景シリーズ10巻『夫婦の歳時記』の作品から選ばせて頂いた。本著は、妻である俳人岩田由美との共著で、新婚の頃、子育ての頃、共に歩いた「奥の細道」行、などの作品が収められている。岸本尚毅の〈はるかより這うて来る子や夏座敷〉〈あるときは毛布の中に吾子の汽車〉などの子育て俳句、岩田由美の〈いつの日か椿の好きな人に嫁ぐ〉など、お二人の若い頃を見せてくれた一書である。、
 
 岸本尚毅(きしもと・なおき)は、昭和三十六年(1961)は、岡山県生まれ。東京大学卒。中学生の頃に俳句を始める。東大学生俳句会・東大ホトトギス会に参加。赤尾兜子の「渦」、波多野爽波の「青」に参加、師事。同じ爽波門の田中裕明が創刊した「ゆう」に参加。現在は虚子の研究家。有馬朗人の「天為」同人、染谷秀雄の「秀」同人。妻は俳人の岩田由美。著書の第二句集『舜』(第16回俳人協会新人賞)、『高浜虚子 俳句の力』(第26回俳人協会評論賞)ほか多数。

 もう少し紹介しよう。
 
  火の中に鈴の見えたるどんどかな 『舜』
  火のかけら皆生きている榾火(ほたび)かな 『健啖』

 一句目は、正月飾りに鈴のついたものもあったのであろう。燃え盛るどんどに、鈴という金属片がいつまでも形を残したままで、他の燃えているのとは違う火の色であることを見た。二句目、榾火の火の粉を「火のかけら」と見た作者の目に、あっちこっちと飛び散る火のかけらは、皆生きているように見えた。二つの違った捉え方が興味深く感じられた。