第百三十五夜 高浜虚子の「花」の句

  咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり 『虚子秀句』

 もう二十年以上になる。私は、虚子の句のこの景の瞬間に出合いたいとずっと願っていた。
 家から車で五分ほどの、東京練馬にあるグランドハイツ跡地の光が丘公園に通い詰めてみようと決めて、莟の頃から落花、蕊が落ちるまで見つづけた。落花の頃には、風に散るのか、雨に散るのか、それとも外の要因で散るのか・・知りたかった。日に何度も、朝も夜も見た。この二十日ほどの間には、父や夫が一緒だったこともある。
 そして、花には「散るべき時」があることを知った。
 
 掲句は次のようではないだろうか。
 
 そろそろ満開だろうと思った朝早く、いつも眺めている大桜の下に佇った。
 朝日の上り始めの茜色はもう消えており、露をいっぱい含んだ花弁のひとひらずつが透き通るように白く輝いていた。枝々の花は実際は九分咲きくらいであろうが、莟は見えなくて満開の感じであった。花房はずしりとまあるく重そうである。風もなく、花びら一つ揺らぐことはなかった。
 私は、この重量感と存在感と緊張感のあふれている桜の、この姿こそが、〈咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり〉に違いないと確信した。朝の静けさの中で、勿論一片の花びらも散らないままであった。やっと出合えた。
 
 この満開の桜大樹が、能舞台で動きを極端にまで省略して佇むシテの姿に重なってくる。
 「咲き満ちて」は、能における集中力が高まったエネルギーの充満した頂点、スパークする寸前の動を孕んでいる静寂の描写であり、「こぼるる花もなかりけり」と詠むことで、この後に一気に、だがゆったりと散ってゆく花吹雪が見えてくるのである。落花は、能でいう序破急の、テンポの速い急の舞であると知るや、忽ち、限りない花の美しさとなってくる。そのように感じさせるのが、一句一章の流れるような調べである。
 
 この作品は昭和三年の四月八日に詠まれた虚子の有名な代表作であるが、名句集といわれる『五百句』には入っていない。水原秋桜子、高野素十、中田みづほ、松本たかし等が会者であった吟行句会で詠まれた作品であった。翌年、虚子は「俳句は花鳥諷詠詩であり、その方法論は客観写生である」と提唱したことから、秋桜子は「ホトトギス」を離脱することになった。『五百句』は昭和十一年の刊行であり、この頃には秋桜子は新興俳句運動の先頭に立っていたこともあって、なにか入集を躊躇うものがあったのだろうか。
 後に、掲句は『虚子秀句』に収められた。