第百三十八夜 福田甲子雄の「春雷」の句

  春雷は空にあそびて地に降りず 『盆地の灯』
  
 作品をみてみよう。
 
 「雷」は夏に多く、激しい音や雷光や落雷もあるが、「春雷」は、一つ二つと鳴ってそれきり止むこともある。
 句意は、「春の雷というのは、お空の上でちょっと鳴ってみせているだけで、けっして地上に落ちては来ないのですよ。」ということであろうか。
 春雷といえど、大空に響きわたる雷の音である。怖がっている子に、「雷さまも、きっとお空で遊んでいるのよ。」と、話しかけているような作品だ。
 中七の「空にあそびて」という、やわらかな詠み方も加わって、まさに「春雷」そのものの姿となった。
 
 甲子雄氏の詠む子は、〈遅刻児に日が重くなる葛の花〉や〈樹に岩に礼して行くよ春着の子〉の作品に見るように、都会の子とはどこか違っている。
 南アルプスや北アルプスなどを背景とした大地で生活しているからであろう、父や母から教わって身につけるものだけでなく、子は、自然から学び、自然に癒やされる術を既に知っているようだ。

 福田甲子雄(ふくだ・きねお)は、昭和二年(1927)―平成十七年(2005)、は山梨県白根町生まれ。昭和二十二年、「雲母」に入会、飯田蛇笏に師事。蛇笏没後は「雲母」を継承した飯田龍太に師事。編集に携わる。〈藁塚(にお)裏の陽中夢みる次男たち〉など、師の蛇笏・龍太と同じく甲斐の自然・生活を瑞々しく詠んだ風土性の強い俳人。「雲母」終刊後、廣瀬直人が創刊した「白露」の編集。
 蝸牛社刊に、編著『蝸牛俳句文庫・『飯田蛇笏』と『秀句三五〇選・農』がある。

 代表句の中で、甲斐の自然を詠んだ作品をもう少し見てみよう。

  沼わたる蛇夕焼を消しながら 『青蟬』
  稲刈つて鳥入れかはる甲斐の空 『白根山麓』
  夜桜のどよめきこもる谷の底 『草虱』
  満月の中へ白馬をひきゆけり 『草虱』 
  
 一句目、夕焼の沼は茜色に染まっている。そこへ、一匹の蛇が、身をくねらせて来る。夕焼に染まった沼面は、蛇によって忽ち壊された。蛇の動きが、沼の水面のくれなゐ美しさを消してゆきながら。
 二句目、「稲刈」を季題とした句であるが、この時期には、渡り鳥の季節でもある。北へ帰ってゆく鳥、北から渡ってくる鳥が稲刈り作業をしている上を飛んでゆく。忙しさのなかに冬へと向かう甲斐の秋の天地を詠んだ。
 三句目、いま、谷底では満開の夜桜の下で花見をしているのだろうか。否、作者はこの谷の底に咲く満開の夜桜を感じながら、ふっとどよめきを聞いたと錯覚した。
 四句目、夢の中の満月と白馬のようである。南アルプスを背景にした壮大な甲斐の美しさが、シュールと思わせる作品を生むのであろう。