第百六十六夜 松瀬青々の「野焼」の句  

 今宵は、『蝸牛俳句文庫10 松瀬青々』茨木和生編著から、松瀬青々の作品を紹介させていただくことにしよう。
 私の知る松瀬青々は、正岡子規存命中に「ホトトギス」の編集をしていたこと、細見綾子が最初に師事したのが「倦鳥」主宰の松瀬青々であったこと、そして、茨木和生の師の右城暮石の師が松瀬青々であったこと、歳時記の中で作品に出逢ったことであった。
 本著のあとがきに、主宰誌「倦鳥」に書かれた青々の次の巻頭言が紹介されていた。
 「もう一線、乗り越え、踏み込んで作句すべきだと思ふ。人々の藝術的造詣が、もう是でよいといふ事は、いかなる時でも、又誰にしても、決して無いのであるから。」―昭和七年四月号―
 
 作品を鑑賞してみよう。

  一國をつくる思ひに野焼くかな 『松苗 春』
  
 一面に広がる野焼きを見れば、青々は「一國をつくる」と考え、枯萱や枯草の野を焼き払って一國を起こすための地固めをしているという発想が瞬時に湧いてくる。茨木和生氏によれば、青々は、発想の幅のスケールがじつに大きな俳人であったという。

  山に花海には鯛のふゞくかな 『松苗 春』
  
 山に花吹雪が舞っている。季語は「花」。山に舞う桜の凄さ美しさに感動した青々に過ぎったのは、かつて見たことのある鯛漁の光景だった。一網打尽に網に捕らえられた鯛の一群は背も腹も尾もきらめかせて飛沫を放っていた。「花」を詠むために、「花」が霞んでしまうほどの「鯛」の圧倒的なインパクトのある描写ではないかと一瞬は思ったが、「ふゞく」の動作が、花と鯛の二つの動きの要となっていた。

  もゆる音が好きで蚊をやくといふ女 『鳥の巣 上』 夏
  
 この「女」は旅館で働く女である。夜具を延べにきた女は、蚊遣火に落ちている一匹の蚊を見つけるや火に押し付けて焼いてしまったという。蚊の焼ける音というのはどんな音であろうか、聞こえたとしても幽かな音だろう。燃やすとか焼き捨てるなど激しい動作をすることで、鬱憤は一つ晴らすことはできる。この女はきっと、もやもやしたものを抱えた淋しい女なのだろうと、青々は考えた。
 
 松瀬青々(まつせ・せいせい)は、明治二年(1869)ー昭和十二年(1937)、大阪市生まれ。明治三十二年、第一銀行を退社して一年間ほど「ホトトギス」の編集。大阪に戻り大阪朝日新聞社に勤務。大正四年、「倦鳥」を創刊・主宰。関西俳壇で「ホトトギス」派の俳人として重きをなした。