第百六十八夜 林 徹の「炎天」の句

 『花神現代俳句20 林 徹』中の第三句集『群青』から、作品を紹介させていただく。

 鑑賞をしてみよう。

  炎天や生き物に眼が二つづつ 『群青』

 林徹の代表句のひとつである。「生き物に眼が二つづつ」は、そのまんまとも言えるが、生きとし生けるものの「真」である。天地創造において、神は、眼や耳や手や足を二つづつ、頭と胴体は一つ、指はそれぞれ五本づつ、最後には男と女という夫婦の二人を拵えた。創造されたものに一切の無駄のないことに感心する。
 さて、季語に「炎天」と置かれると、なにやら暑苦しい存在となる。
 林徹はあとがきで、「一句一句を裸で立たしめたい」とし、「自然の命己の命を写すのが写生である」と述べている。

  遍路杖こまごまと物固結び 『群青』

 「遍路」は春の季語。祈願の目的で、四国の弘法大師空海の霊場八十八箇所を巡り歩くことをいい、お遍路で必要なものの一つが遍路杖。金剛杖ともいい、四面に般若心経が刷り込まれている、杖には杖袋があり鈴が付いている。そうした物の一つ一つが杖から外れないように固結びされているという。1400キロを歩くのだから、心の準備と共に必要なものをこまごまと、結ぶべき物は固結びにして揃えておく。
 
  花田植牛ほがらかに吼えにけり 『群青』

 林徹の句集には「花田植」の作品が六句ある。『自註シリーズ林徹集』には広島県双三郡森山村の花田植の行事を見ての作とあるが、今回ネットで調べると、「壬生の花田植」とある。地名が変わったのであろうか。句集『群青』の期間に五回は行ってをり、〈竹筒を打ちて囃せり花田植〉〈先頭をゆく大牛や花田植〉など詠んでいる。よほど気に入った題材であったと思われる。
 俳誌「風」に林徹の講演の中に「物をいつくしむように、しみじみと観察すれば、ひらめきも得られるのではないか」という言葉があったと、宮津明彦氏は本著のあとがき「写生の生」に書いた。
 
  つらなめて白鳥とべり越の国 『群青』

 「なめ」は古語の「並め」で、「並べて」「連ねて」となる。越の国は、越後すなわち新潟県なので、おそらく白鳥の集まる瓢湖のことであろう。林徹は、瓢湖で白鳥の群舞を見たのだ。その飛翔の白鳥たちの姿は、顔、胴体、脚がほぼ一直線のようであった。
 「つらなめて」と平仮名書きにしたことにより、言葉の意味はうすくなり、飛来地として名高い越の国の湖の一団となった白鳥の平らかな飛翔の姿が見えてくる。

 林徹(はやし・てつ)は、大正十五年(1926)―平成二十年(2008)、中国青島市生まれ、石川県金沢市にて育つ。昭和十九年、金沢医科大学医学専門部を卒業、耳鼻科医。医局員時代の昭和二十五年、「風」に入会し沢木欣一に師事。昭和六十年、「雉」を創刊、主宰。平成十二年、第四句集『飛花』により俳人協会賞を受賞。代表句に〈炎天や生き物に眼が二つづつ〉あり、信条は即物具象である。句集に『架橋』『直路』『群青』『飛花』。大腸癌により八十二歳で死去。