第百七十七夜 星川和子の「花」の句

 守谷市で「円穹(えんきゅう)」俳句会が生まれたのが平成十六年、私の記憶も定かではないが、星川和子さんとの出会いは数カ月後の手賀沼吟行であったと思う。
 どこか淋しそうな面立ちであった。夫を亡くし、さらに父を亡くし、仙台から千葉へ戻った和子さんは、私の友人でもある池田まり子さんに誘われて参加するようになった方である。

 句会の日々を懐かしみながら、合同句集『円穹』の作品をみてゆこう。
 
  花の下一服どうぞ楽茶碗

 ある年の四月の円穹俳句会は、利根川支流の小貝川沿いの福岡堰へ吟行した。ここは桜の名所で、土手が桜並木になっている。真ん中辺に広場があり四阿もある。ベテラン主婦たちの持ち寄るお弁当は美味しかった。
 食後、茶道は師範級という和子さんが亭主となって野点をした。野点用の小ぶりの黒楽茶碗が順に回されながら、次々に桜吹雪が入りこむという美しい時間が流れた。二〇名ほどのメンバーの殆どが野点を初体験。茣蓙に正座して、六十歳を過ぎた紳士淑女たちが畏まっていた光景が蘇る。
 
  こだはりは葛の花より始まりぬ

 句会で回ってきた、とても惹かれた作品であるが、今でもはっきりと句意が掴めてはいない。
 植物学者のお父様はたくさんの植物画を遺された。和子さんは、その作品を著書として残そうと、私家版『植物画随想』が出来上がった。そこにクズの植物画も入っていた。マメ科の大型つる性多年草で、秋には紅紫の蝶形花を総状につけて美しい。
 百年以上も前、クズは家畜の飼料になるとして北アメリカに輸出された。しかし余りの繁殖力で辺りを埋め尽くすものだから、駆除され始めたという。日本では肥大した根から葛粉を採る。
 うつくしい花、はびこる困りもの、でんぷんとして食べ葛根として薬となる、役立つものでもある、この葛の花に、和子さんは「こだはり」を感じた。

  榧の実を拾ふ夫婦のもの言はず

 仙台の東昌寺に樹齢三百年の「丸み榧」と呼ぶ榧の木があって、秋には、和子さんは農学者のご主人と二人で大きなビニール袋一杯に「丸み榧」の実を拾い、一週間ほど水でアク抜きをしてから香ばしく煎って食べたという。
 植物学者のお父さんからは「ツクバネ」という追い羽根を小さくした可憐な植物を教わった。和子さんは、年末になると正月飾りにと言って、プラスチックの筒に入れたツクバネを一つ私にくださった。父清彦氏の短歌である。
  拾ひ来しツクバネの実を投げ上げる回りで飛ぶを孫ら喜ぶ  渡辺清彦

星川和子(ほしかわ・かずこ)は、昭和十二年(1937)―平成二十七年(2015)、広島市生まれ。父は植物学者の渡辺清彦。昭和三十一年、のちに東北大学農学部の教授であり農学者となった星川清親と結婚。俳句は、平成四年から十六年まで仙台の「みちのく」に所属。夫が亡くなり、その後、認知症となった父を一人娘の和子さんの看取りの中に数えで百歳で亡くなった。仙台を去り、千葉市に移転。平成十六年、茨城県守谷市の「円穹」俳句会、東京阿佐ヶ谷の「あん」俳句会に入会。