第九十夜 金子兜太の「朧」の句

  長生きの朧のなかの眼玉かな  『両神』平成七年刊  鑑賞をしてみよう。    この作品は、金子兜太が七十歳を越えたころの自画像のようにも思う。元気とはいえ当時の喜寿は長生きの方である。私は、仕事で何度かお会いしたこと...

第八十六夜 草間時彦の「牡蠣」の句

  牡蠣食べてわが世の残り時間かな  『盆点前』    草間時彦(くさま・ときひこ)は、大正九年(1920)―平成十五年(2003)東京生まれの鎌倉育ち。祖父も父も俳人。時彦は、「馬酔木」に投句し「鶴」の創刊に参加。水原...

第八十四夜 高浜虚子の「霜」の句

  霜降れば霜を楯とす法の城(のりのしろ))  高浜虚子『五百句』     明治三十五年に子規が亡くなると、子規門の双璧である虚子と碧梧桐の俳句観の相違がはっきりしてきた。碧梧桐の進める新傾向俳句は一派を形成するほどにな...

第八十一夜 後藤夜半の「滝」の句

   滝の上に水現れて落ちにけり  後藤夜半 『翠黛』 後藤夜半(ごとう・やはん)は、明治二十八年(1895)―昭和五十一年(1976)大阪市生まれ。大正十二年より「ホトトギス」に投句して高浜虚子に師事。〈牡蠣船へ下りる...

第七十九夜 石原八束の「雪」の句

  鍵穴に雪のささやく子の目覚め  『雪稜線』      石原八束(いしはら・やつか)は、大正八年(1919)―平成十年(1998)山梨県生まれ。父は「雲母」同人の俳人石原舟月。八束は子どもの時代から俳句に親しみ、昭和十...

第七十三夜 三橋鷹女の「椿」の句

  老いながら椿となつて踊りけり  三橋鷹女 『白骨』    三橋鷹女(みつはし・たかじょ)は、明治三十二年(1899)―昭和四十七年(1972)、千葉県成田市生まれ。先祖には歌人が多く、鷹女も女学校卒業後、兄の師事する...

第七十夜 前田普羅の「霜」の句

  霜つよし蓮華とひらく八ヶ岳  前田普羅 『定本普羅句集』    この句は、「甲斐の山々」として昭和十一年、東京日日新聞に発表の〈茅枯れてみづがき山は蒼天(そら)に入る〉〈駒ケ岳凍てて巌を落としけり〉〈茅ケ岳霜どけ径を...

第六十一夜 西村和子の「風邪」の句

  脇僧の風邪気味にておはしけり  西村和子    西村和子(にしむらかずこ)は、昭和二十三(1948)年、横浜市生まれ。慶應義塾大学に入学と同時に「慶大俳句」に入会し、清崎敏郎に師事。翌年清崎主宰の「若葉」に投句を始め...

第六十夜 矢島渚男の「梟」の句

  梟の目玉みにゆく星の中  矢島渚男 『天衣』    鑑賞をしてみよう。    ふくろう科の鳥はみな夜行性。しかし「梟(フクロウ)」は、ミミズクとよく似ているが、フクロウには頭の脇には耳のように直立した耳羽がない。一年...

第五十夜 木下夕爾の「雪」の句

  地の雪と貨車のかづきてきし雪と  木下夕爾    句意は次のようであろうか。  「私の住む地にも雪が積もっている。目の前を貨車が通過する。その屋根には雪が載ったままである。どこで降った雪を被ってきたのだろう。この地の...

第四十夜 上野章子の「秋風」の句

  秋と書きちよつと外見て風と書く  上野章子『日向ぼこ』    句意は次のようであろう。 「一句詠もうとしてまず〈秋〉と書いたところで、外を見ると爽やかな風が吹いていたので〈風〉と書き加えましたよ。」  この句の季題は...

第三十四夜 野沢凡兆の「雪」の句

  ながながと川一筋や雪の原  野沢凡兆『猿蓑』    鑑賞をしてみよう。  一面の雪の原を、空の濃紺を映した一筋となって川が流れている。描写された言葉のままの作品で、技巧とか特別な意味を込めた作品ではない。だが、この作...

第三十夜 細見綾子の「寒卵」の句

  寒卵二つ置きたり相寄らず  細見綾子『冬薔薇』  掲句の鑑賞を試みてみよう。    綾子はある朝、鶏小屋から持ってきた産みたての寒卵を二つテーブルの上に置いた。並べて置いてみた・・もう少し離してみようか。今度は二つを...

第二十七夜 中村苑子の「雪」の句

  音なく白く重く冷たく雪降る闇  中村苑子『花隠れ』  最後の句集である平成八(1996)年刊『花隠れ』の最後に置かれた掲句は、苑子俳句には珍しく平明で、句意はそのままのように思う。    何と直叙的であろうか。雪とい...

第二十夜 武原はんの「落葉」の句

  見うしなふ落葉の中の紅葉かな  武原はん 昭和十四年  武原はんは、明治三十六(一九〇三)年徳島市の生まれ。十二歳で大阪の大和屋芸妓学校に入学、芸者時代を経て、おはんは東京で更なる舞の精進をして舞踊家となる。はんは、...

第十九夜 清崎敏郎の「枯芝」の句

  枯芝の人影が去り夕日去り  『安房上総』昭和二十四年    句意は次のようであろうか。 「枯芝に座っていた人は日が暮れると立ち上がって去っていった。やがて一時の黄昏の耀きを終えた夕日も沈んでしまいましたよ。」  枯芝...

第十八夜 飴山實の「時雨」の句

  うつくしきあぎととあへり能登時雨  飴山 實    大学時代、教授を軸にしたグループの旅行で、石川県の東尋坊へ出かけたことがあった。卒業後、再びそのメンバーが集まって金沢、東尋坊、三国の旅に行った。残念なことに能登半...

第十七夜 芝不器男の「寒鴉」の句

  寒鴉己が影の上におりたちぬ  芝 不器男  この句に出会った最初は、まず中七の「己(し)が影の上(え)に」が読めなかったこと、「己」を「し」と読むのは万葉集など古語にあると漸く知ったこと、「己」と言えば作者自身だと思...

第十六夜 上野泰の「風邪」の句

  風邪の子の電気暗いの明るいの  上野 泰    上野泰は大正七年横浜の生まれ。家業は上野運輸商会という輸送業である。その関係であろう、大学を卒業した泰は軍隊の輸送を担う近衛輜重兵連隊に入隊。高浜虚子の六女の章子とはテ...

第十五夜 村上鬼城の「蝌蚪」の句

  川底に蝌蚪の大国ありにけり  村上鬼城  十一月の初め、久しぶりに牛久沼に出かけた。沼の端はあやめ園があるが、この時期には沈殿した泥の表面の水は澄んでいて日の光を弾いていた。  私は、ここに大きな蝌蚪の紐があったこと...

第十三夜 角川春樹の「冬桜」の句

 小石川後楽園の入口近くに冬桜があった。十二月は忘年会も兼ねるので吟行句会はこの庭園と決まっていた。訪れる度に眺めていた冬桜は、老木だったのであろう年々に花の数が少なくなり、ついに庭園から冬桜の姿はなくなった。私が冬桜を...

第十二夜 石井とし夫の「鳰」の句

  大いなる沼見せにゆく子づれ鳰  石井とし夫  石井とし夫は、二十歳から「ホトトギス」で高浜虚子、高浜年尾、稲畑汀子と、代々の主宰の選を受けてきたホトトギスの俳人である。「沼」というテーマをもって五十年に亘る作品の中の...

第十夜 辻桃子の「露」の俳句

  芋の露ころげるときを待ちてをり  辻 桃子    ある年の辻桃子主宰の「童子」の祝賀会で皆が戴いた扇子には掲句が書かれていた。大ぶりの扇はよい風がくる。この扇で夏を過ごしているからでもあるが、大好きな句の一つである。...

第九夜 杉田久女の「足袋」の句

 足袋つぐやノラともならず教師妻  杉田久女  杉田久女の俳句との出会いは、高校時代の授業で習った「足袋つぐやノラともならず教師妻」が最初で、中七の「ノラともならず」がとても新鮮に響いたことを思い出す。大正十一年作のこの...

第八夜 星野立子の「落葉」の句

  赤き独楽まはり澄みたる落葉かな  星野立子  そろそろ落葉の時期でもあるので、昭和六年十一月二十七日の戸塚の親縁寺での句を紹介してみよう。星野立子著『玉藻俳話』には、立子俳句が詠まれた時の前後の模様が書かれている。 ...

第七夜 高橋睦郎の「古暦」の句

  むらぎもの色に燃えけり古暦  高橋睦郎  季題「古暦」は虚子編『新歳時記』に「新しい暦が配られると、それまでの暦は古暦となるのである。年の暮れるまでは未だ古暦にも用がある。四・五枚になったカレンダーも亦古暦である。」...

第六夜  夏目漱石の「霧」の句

  霧黄なる市に動くや影法師  夏目漱石   明治三十五年九月十九日に子規が亡くなった。英国ロンドンへ留学中の漱石は、虚子からの電報を受け取ったが親友の子規の葬儀に日本へ戻ることも叶わないので、「倫敦にて子規の訃を聞きて...

第五夜 飯田蛇笏の「芒」の句   

  をりとりてはらりとおもきすすゝきかな  飯田蛇笏    歳時記によって「折りとりて」と一字だけ漢字である場合もあるし、「をりとりて」と全部平仮名である場合があるが、蛇笏自身も少しづつ変化していたのかもしれない。私は、...

第四夜 富安風生の「木の実」の句

  よろこべばしきりに落つる木の実かな  富安風生  風生俳句の中で私が一番先に惹かれた作品である。最初、「よろこべば」がどういうことなのか掴めなかったが、一本の老木の下で、子ども達が木の実を拾っている。その楽しそうな姿...

第一夜 高浜虚子の「秋の空」の句

 句日記があり作品には日付が付してある高浜虚子の句から、私の誕生日の十一月十日の作品を選んだ。虚子の『五句集』(岩波書店刊)の中の二冊目の句集『五百五十句』にこの日付があり、次の二句が並んでいる。    そして今日、十月...

千夜千句 その前夜

 一日一句の鑑賞を千夜続けるという試みをしてみようと考えた。令和元年十一月十日の私の誕生日にスタートし、千夜千句を無事に成し終えることができたら、三年後には、私は七十七歳となり喜寿を迎えていることになる。    理由の一...