第五百四十九夜 高浜虚子の「籐椅子」の句 『五百五十句』
ブログ「千夜千句」も五百五十回に近づいた。高浜虚子の5句集のタイトルは、『五百句』『五百五十句』『六百句』『六百五十句』『七百五十句』である。このブログが五百回になった時、五百五十回になったら、虚子の句集名にあやかって...
ブログ「千夜千句」も五百五十回に近づいた。高浜虚子の5句集のタイトルは、『五百句』『五百五十句』『六百句』『六百五十句』『七百五十句』である。このブログが五百回になった時、五百五十回になったら、虚子の句集名にあやかって...
茨城県守谷市に越してから、まず夢中になったのは、現在「水海道風土博物館坂野家住宅」となった坂野家住宅と、その当主の自宅の広い雑木林の庭まるごと蔓薔薇が植えられた「坂野ローズガーデン」がある。5年間ほど通い続け、何組もの...
平成26年、茨城県つくば市にある「つくば牡丹園」を訪れた。上野の牡丹園、鎌倉の牡丹園と折々に見ていたが、つくば牡丹園の広大さは見事であった。入口をはいるや見渡す限りの牡丹畑、一回りして丘を下って行きながらも牡丹が咲き、...
山口青邨に次の句がある。 わが畑は三等品の苺熟れ 山口青邨 『繚亂』 (わがはたは さんとうひんの いちごうれ) やまぐち・せいそん この作品に楽しくなった。わが家の畑でできる苺とおんなじだ。夫は、畑からある...
愛鳥週間とは、5月10日から16日までで、その最初の日を「バード・デイ」という。 翡翠(かわせみ)で思い出すのは、50年以上練馬区の石神井公園の近くに住んでいたことから、石神井公園の西側に隣接する三宝寺池の入口付近の...
今日は、アメリカの作家ヘンリー・デヴィッド・ソロ―の著書『森の生活―ウオールデン』から「朝」の一部を紹介させて頂こう。 「記念すべきことが起きるのは朝、大気に包まれた朝である、と言っておこう。ヴェーダの経典には「...
「燕子花」と「あやめ」と「花菖蒲」は、花の形は似てはいるが幾つかの相違点がある。その見分け方を知っていると、見る度に3つの名が浮かび、「どれだっけ?」と、毎回のように悩んだりせずに済むかもしれない。 今回、夫が摘んで...
四季の里公園の入口付近から公園を埋めるように咲いていた桜と八重桜に通いつめた後、坂道を下りた池の周りには杜若(カキツバタ)が咲きはじめている。もうしばらくすると、菖蒲園が花をつけるだろう。 今、園内は新緑の鮮やかさと...
あっという間に5月1日から5日までのゴールデンウィークは終わってしまった。コロナ禍でリモートワークの家人たちは、家にいることは同じだが、仕事中は自室に籠もっているので私にとっては静かな日々であったが、まあ母親というのは...
2021年の立夏は、5月5日。子どもの日であり端午の節句である。 精神科医であり小説家のなだいなだの「火を盗め」の1部を紹介しよう。 火を盗め なだいなだ パパはお前たちに「盗め」という。...
今日、5月4日はガラス工芸家エミール・ガレの誕生日。1846年生まれのガレは、1945年生まれの私とは約1世紀昔にフランスで生まれた。 もう30年ほど前、中学時代からの友人小林孝子さんは、会う度にエミール・ガレの話を...
5月3日は憲法記念日、国民の祝日である。国民の祝日に関する法律では「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨としている。1947年5月3日に日本国憲法が施行したのを記念して1948年に公布・施行の祝日法に...
「八十八夜」は、立春から数えて88日目をいい、2021年の今年は5月1日であるが、2日の場合が多いという。この頃まで晩霜の被害を受けることがあり、「八十八夜の別れ霜」「八十八夜の泣き霜」のように遅霜が発生したり強風が吹...
今日は5月1日、メーデー(May Day)は、世界各地で毎年5月1日に行われる労働者の祭典。ヨーロッパでは夏の訪れを祝う意味を持った日である一方、労働者が統一して権利要求と行進など活動を取り行う日である。 私は、小学...
だいたい、他人の悪口をいうというのは、サーヴィス行為であります。いいながら、自分もすこしは爽快な気分になりますが、いわれる相手がつねに主役であり、いっている自分が脇役であるということをおもえば、「いわれている当人」ほど...
4月29日は、百万本清(ひゃくまんぼん・きよし)こと荒木清の78回目の誕生日。 俳句出版の仕事に40年近く携わったであろうか。折々に句会を立ち上げてはいたが、こつこつ型ではないので、俳人と言えるのかどうか。 現在は...
大菩薩峠 中里介山 「峠」は人生そのものの表徴である、従って人生そのものを通して過去世、未来世との中間の一つの道標である、上る人も、下る人もこの地点に立たなければならないのである。ここ...
昨日は晴れわたった美しい朝だったので、急遽、29日の祝日に予定していた手賀沼の藤棚を見に行くことにした。国道6号線には、「県を跨いで他県に行かないでください」という趣旨の道路情報が表示されていた。 そう言えばコロナ禍...
1564年4月26日はウィリアム・シェイクスピアが誕生した日(洗礼日)。劇作家、詩人。イギリスのストラトフォード=アポン=エイヴォンの生まれ。イギリスの代表作品の4大悲劇『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』を...
私は影が好きだ。外に出ればスマホでよく写真を撮る。私自身の影も写真に取り込むようになったのは、2年前、大腿骨骨折で手術とリハビリで2ヶ月の入院を終えて帰宅した春の桜満開の頃からだ。遠景と私の影。落花の道と私の影。こうし...
花より花らしく 三岸節子 種をまき、球根を植え、水を与え、肥料をほどこし、たえず見てまわり、1本の草でも丹念に取り去るのです。「なにがそんなに面白くて、1日中、草取りに夢中になるのだ」と息子が言います...
加藤惠子さんが生地である青森県へ帰ってゆかれたのは、令和元年の12月。毎年の「花鳥来」忘年会の直前に引っ越されていたが、この忘年会には青森から馳せ参じた。俳歴は長い。昭和50年、山口青邨主宰「夏草」に入会、平成3年、青...
谷口宏子さんは、2021年の「花鳥来」121号に、谷口宏子百句集「白梅」を発表された。拝見したお礼の意を込めて、ブログ「千夜千句」に書かせて頂くことにした。 「花鳥来」の入会は平成14年であるが、「花鳥来」の例会でも...
ドイツの詩人、小説家のゲーテの短い言葉を『ゲーテ格言集』から選んでみた。 いつも同じ花ばかりなので、花よりほかの何かをお送りすることができたら、と思います。しかし、それは愛についてと同じことで、愛もまた単調なものです...
子どもの時間 河合隼雄 (略)友だちの運動を楽しそうに、時にはうらやましそうに見ていた子がある日とうとうブランコに乗ってみる。その時の彼の顔の輝きはどんなものだろう。この子が思い切ってブランコの綱にさわ...
平成4年に始まったという靖国神社の夜桜能へ、俳句を始めて数年目の私は、何年か続けて観に行った。 平成6年、初めて観た夜桜能では〈篝火をまあるく越ゆる花吹雪〉〈青白きはなびらかかる緋の小袖〉と詠み、翌平成7年には〈拝殿...
春陰と花曇はかなり似ているので、作句する時も鑑賞する時もむつかしいのだが、違いを考えてみよう。 「春陰」は、春は曇りがちでうっとうしい天気がつづくこと。春陰は花曇と似ているが、花のイメージをはなれるので、さらに幅広く...
以前にご恵贈頂いていた木村聖(きむら・きよし)句集『冬の蠅』(平成9年10月10日の刊行)と、本日、ぱったり目が合った。 目次を見ると、冬、春、夏、秋、終章 再び冬の構成である。 見開き1句で、右に俳句、左に詩のよ...
春に「竹の秋」という季題がある。春4月ごろのことで、竹は他の植物とは逆に、この頃に葉が黄ばんでくる。他の植物が秋に紅葉、黄葉するのに似ていることから「竹の秋」という。 一方、秋の「竹の春」という季題がある。秋に葉が青...
陰暦3月15日(現歴4月15日)は梅若忌。謡もしないし能「隅田川」も観たことはないのに、この物語のあらすじは小学生の頃には知っていたように覚えている。私が寝入るまで布団に入って物語を聞かせてくれたのは、なぜか、母でなく...
晩春は暑くなく、寒くもなくちょうどよい気候で、勤め帰りもそこはかとなく明るい。このような日の夕暮れ時を「たそがれ時(黄昏時)ともいい、これは夕焼けで薄暗い中、景色が黄金色に輝く時間帯を示す言葉である。「逢魔時(おうまが...
今日は季題「春の闇」を考えてみよう。春の夜は、水蒸気を含んで朧になり、夜気も肌にやわらかく、何とも艶である。暮れる時間もだんだん遅くなる。電球を灯していた頃は、電燈の笠の下は明るいが、天井の方は薄暗かったし、周りは薄暗...
平成29年4月の例会で、「句集、何時出るの?」とお聞きしたら「シーっ!」と仰った杏子さん。ところが、翌々日の月曜日には句集が届いた。驚いたがすぐに読み、忽ち引き込まれた。どの作品も、笑顔、眼差し、話しぶり、物腰の軟らか...
春雨は、『三冊子』には「春雨は小止みなく、いつまでも降り続くやうにする、三月をいふ。二月末よりも用ふるなり。正月・二月初めを春の雨となり。」とあり、静かにしとしとと降り続く晩春の雨が春雨である。草木の芽を育て、花の莟を...
この1ケ月ほど、3月半ばから桜を追いかけていた。桜のソメイヨシノは4月の初めには散りはじめ、白い光景は消えてしまった。すると入れ替わるように桜から葉が出てきた。今年の春はあたたかくなるのも、花が咲いて満開になるのも、花...
小さい寂しさ 武者小路実篤 時々、別に理由もなく寂しさを感じることがある。こう言う時、何か書きたくなる。書くことでその寂しさに打ち克つことが出来る気になる。だからこの寂しさを感じることは悪いこととは...
今日4月8日は、仏生会であり虚子忌である。昭和34年4月1日に脳溢血で倒れた虚子は、お釈迦様の誕生日の仏生会に亡くなられた。墓所は鎌倉扇ケ谷の寿福寺にあり、今井つる女の〈年々の虚子忌は花の絵巻物〉とあるように桜の下で毎...
山田閠子さんは、深見けん二先生が「花鳥来」を立ち上げる準備をなさった「F氏の会」からの会員であり、現在の編集長である。 第4句集『今日の風』のあとがきに、「白寿を迎えられる深見けん二には、「F氏の会」以来身近に置...
わが家の前の電線や庭の大きくなった黄楊(つげ)の木から、このところ雀の短い鳴き声がずっと聞こえている。朝の目覚めの頃なのでありがたいが、雀の子がいるのだろうか。 鳴き声の方を探してみるが、春は雀も子育て中なのか用心し...
桜の花がすっかり終わり、樹下には紅色の桜蘂が落ちている。桜と入れ替わりのように八重桜が数日前から開き始めていた。今日出かけた四季の里公園は、染井吉野の並木が左手の奥へとつづいていて、八重桜の並木は入口近くの坂道のスロー...
春の晴れた日、ぽっかり浮かんだ雲が流れてゆくのを眺めるだけで楽しい。秋のうろこ雲のように春の特有の雲があるわけではないが、淡い雲だったり、赤ちゃんの柔らかなお尻を感じさせる、丸いどっしりした雲を見ることがある。 「雲...
春の音ってどんなものがあるだろうか、歳時記で調べてみた。北国に住む人だったら「雪解け水の音」と答えるかもしれない。茨城県南も街を外れると筑波山が見えて田んぼが広がっている。「畑打ちの音」とか「耕運機の音」と答える人もい...
今朝も、桜街道を走った。満開の桜は風が吹くたびに花吹雪となる。そうした中に少しずつ葉芽(ようが)から葉となって緑色が覗きはじめている。白っぽい桃色一色の軽やかさを見せていた桜の樹々は、ほんの僅かな変化にもどことなく重さ...
もう2週間ほどになろうか。取手から守谷をぬけて国道の入口まで続いているのが、ふれあい道路である。桜並木と銀杏並木が半々くらいで連なっているが、今やっと、桜が満開になってきた。 第四百八十九夜の「千夜千句」で紹介し...
陽炎とは、雨降りの後など水蒸気が地面から蒸発して上昇してゆくとき、空気がかき乱され、それを通して遠くの物体がゆらいで見える現象である。 光の屈折率の変化によって起こる現象で春に限ったものではないが、のどかな感じがするの...
雲雀をはっきり見たのは、茨城県へ転居してからである。東京の友人が遊びに来てくれると、春には必ず小貝川沿いの福岡堰という桜の名所へ案内した。小学校時代からの友人夫婦をお連れしたのは、4月の半ばの晴れわたった日。福岡堰の桜...
立原道造の「暁と夕の詩」から「眠りの誘ひ」の一部を紹介させていただこう。 おやすみ、やさしい顔した娘たち おやすみ、やはらかな黒い髪を編んで おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには 快活な何か...
もう20年も前のこと、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館で能面展を観た。木造の古い建物は、次の面へと歩を移すたびに床板はミシミシと音をたてる。お客は私1人という静かな会場の、隅っこに監視員の男性が1人、退屈で所在なげに椅...
「千夜千句」が五百夜まで辿り着いた。どうにかこうにかではあったが、コロナ禍のなかで、毎日しなくてはならないことがある喜びはありがたかった。 さて、後半に向かって、飛び立とう。 初蝶、蝶の姿を見かけることはあるが...
昭和3年4月、高浜虚子は、大阪毎日新聞社講演で「花鳥諷詠」と提唱し、「季題(花鳥=自然)を詠む特殊な文芸」という俳句観を示した。花鳥諷詠を唱導した後の虚子の俳句観は、その後は生涯にわたり変わることなく貫いた。 虚子は...
四Sの活躍する第二期黄金時代直前の大正9年、京大生の日野草城が「ホトトギス」に先ず颯爽と登場する。インテリ青年層が活躍する幕開けであった。関西では大正9年、日野草城と鈴鹿野風呂を中心に「京大三高俳句会」が生まれ、東京で...
大正4年4月から6年8月まで虚子は、明治45年(大正元年)に再開した雑詠欄の、創設以降の巻頭作家から32人の各人評を「ホトトギス」に「進むべき俳句の道」と題した連載で作家論を書いた。その作家論は、「ホトトギス」の花形作...
明治28年12月に虚子は子規から呼び出され、道灌山の茶屋で子規から俳句の後継者となることを懇願されたが、虚子は拒否した。何度目かの拒否であったが、それ以後は、後継者問題を拒否された子規も拒否した虚子も、俳句の革新に邁進...
今日は、『五百句』の明治時代の後半の作品を2句紹介しよう。 正岡子規が明治35年9月19日に亡くなった。だが子規により始まった俳句革新は未だ途中であった。子規の遺したものの1つは雑誌「ホトトギス」で、既に虚子が引き継...
虚子の句集は、明治、大正、昭和10年までの第1句集『五百句』、昭和11年から15年までの第2句集『五百五十句』、昭和16年から20年までの第3句集『六百句』、昭和21年から25年までの第4句集『六百五十句』、昭和26年...
今日3月20日は、春分の日、お彼岸の中日である。雨が今にも降り出しそうな静かな日となった。秩父にあるお墓には、年一回、天気のよい日にドライブ気分で墓参りに行くことにしている。今年も去年のように秋の頃に行こう。お仏壇には...
鳥はおおむね年に一回、春に繁殖期に入る。交尾期になると、囀ったり、嘴をふれ合ったり、毛色が変わったりなど、雄が雌を誘う動作をする。 雄の孔雀が雌の前で尾をひろげたり、雄の駱駝がおどってみせることもある。鶴の舞も、雄が...
「春温を病む」という言い方を知った。昔からある言葉であるという。初めて知ったのは、平沼洋司著『気象歳時記』蝸牛社刊であった。一部を紹介させて頂く。 桜前線が順調に北上して春本番の季節である。春は気温も上昇し花も...
3月17日の今日は彼岸の入である。今年は桜の開花も例年より数日早くて、東京では3月14日に開花宣言された。開花後に冷え込むことは例年のことで、温暖化ということもあるのだろうか、まだ急激な寒さは訪れていない。 暦の上の...
2日前の日曜日、古河総合公園という広い桃の園に出かけた。晴れわたった日であったが強い春嵐の日で、なだらかな丘の公園は、小さな子にとっては、走り回るというより転げ回れそうな格好の遊び場だ。 もう60年以上も前に子育てが...
昨日の3月14日の3時、東京都では開花宣言がなされた。各地で決められた標準木があるが、長いこと東京に住んでいたので、今でも、私の基準になっている。靖国神社の桜の標準木に5、6輪咲くと開花宣言となる。 ちなみに現在住ん...
今日は、昨日とは打って変わっての美しい晴天。朝食後に娘から「古河の桃を見に行こうよ。」と誘われて、桜の前に、見ておきたいと念じていたので、素早く用意をして車に飛びのった。 今年の「古河の桃祭り」は、コロナの影響で...
マサコ・ムトーさんの老の言葉を紹介しよう。長女で漫画家のトシコ・ムトー、次女で作詞家、作家のヒロコ・ムトーの母であるが、母マサコ・ムトーもまた、幾多の荒波を乗り越えて88歳で、豆紙人形作家として人生の大輪の花を咲かせた...
平成11年に、『気象俳句歳時記』を蝸牛社から出版した。著者の平沼洋司氏は気象予報士。中に登場する季節の言葉は、俳句の季題とは又違っていて深くて楽しい。 毎回の文末に俳句を2、3句付けたのは、私あらきみほであった。 ...
今宵は、土肥あき子さんの代表作〈水温む鯨が海を選んだ日〉を考えてみようと思う。 じつは、2月4日の「千夜千句」第四百五十夜で土肥さんの作品の紹介をしていて、この作品が代表作であることも知っていたが、正直、よくわからな...
明日の3月11日は東日本大震災から10年目となる。外に出ると、あの大震災の翌朝に見た白い辛夷が蘇ったかのように咲き始めている。 テレビでは大分前から東日本大震災の映像が流れている。 大正12年9月1日には、東日...
土筆(つくし)は、小学生の頃に近くの野原でよく摘んだ。野原に目を凝らしてじっと見ているうちに、土筆の生えている流れが見えてくる。遊び仲間の数人で競争して手に持ちきれなくなるまで摘むと、家に駈けもどり、「こんなに採れたよ...
今日3月8日は、忠犬ハチ公の死亡した日だという。。調べてみると、生年月日は大正12年11月10日、なんと私の誕生日と同じである。朝から雨催いでちょっと鬱々していたので驚いた。 高校時代から大学まで渋谷駅を利用して...
流氷は、大河や海に氷塊が群れなして流れることだが、日本では普通、北海道のオホーツク海沿岸の流氷をイメージする。多く見られるのは春先の2月半ばから3月にかけて最も多くみられ、この間の流氷の流れは壮観である。 酷寒の北海...
大石陽次(おおいし・ようじ)という夫の大学時代の友人がいる。2人は仏文科と哲学科。2人は授業にはあまり出ず、小さな文芸サークルで詩や小文を書いていた。大学4年の教育実習生として夫と出会った私も、いつしか飲み会に参加する...
今日3月5日は啓蟄。地中に眠っていた蟻や地虫などが、暖かい気候になってその穴を出てくること。二十四節気のひとつで、ちょうど3月5日ころの虫類の穴を出る頃にあたる。 そして本日は、私たちの師である深見けん二先生の誕...
蚕のことは、4歳の時には大分県を離れているので、遠い記憶しか残っていない。 祖母が元気なころ、布団の綿を打ち直したり、布地を変えたりする際に、蚕の絹糸を焼海苔の大判のように伸したものを、布団綿の形に伸ばして整えて...
今日は3月3日、雛祭である。昨年の令和2年7月に私は、勝又洋子さんからお手紙を頂いた。 洋子さんの所属している3つの結社の1つ、岩岡中正主宰誌「阿蘇」7月号で、〈立雛のほのとまします影法師〉の作品がで巻頭になったという...
春もやがて中ば近くなってきた。タンポポは、道端にロゼット状の葉を広げていて立ち上がってはいないが、もうじき、タンポポの花の咲き出す季節になる。 ずっと気になっているのが稔典さんの「たんぽぽ」の句。春になれば思い出...
今日は、日本画家の小倉遊亀の誕生日。 小倉遊亀と稲木紫織氏のインタビュー『日本の貴婦人』から一部紹介させて頂く。 而生其心(にしょうごしん) ――どんな意味なのですか。 小倉 持っているものを捨て...
今日2月28日は、江戸初期の寛永14年10月25日に勃発した島原・天草一揆が、翌年の2月28日に終結した日である。 過重な年貢の負担に窮した、島原半島と天草諸島の島原藩と唐津藩の両領民が起こした乱の最期の舞台となったの...
昨夜の26日は、かなり丸かったので満月と思ったほどの朧月が出ていた。暦では、今宵が満月ということである。 本日2月27日は、江戸時代からあった小石川御薬園が、1875年、文部省所轄教育博物館附属・小石川植物園と改称さ...
高浜虚子の『立子へ抄』に「ほのぼのとした勇気」という1篇の文章がある。何回も書き写しているが、その度に勇気をもらっている。また、書いてみよう。 ほのぼのとした勇気 「あきらめ」という文章に書いたように、俳句という...
桑本螢生さんの生地国東市は、瀬戸内海の大分県側の海辺であり、つねに「海の響」は身近にあった。句集名の『海の響』は、ジャン・コクトーの1行詩「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」(堀口大学訳詩集『月下の一群』)から採った...
ときどき、金子みすゞの詩が読みたくなる。「見えぬけれどもあるんだよ。見えぬものでもあるんだよ。」の心を、いつまでも忘れないように。 「日の光」の詩の一部を引用させて頂こう。 おてんと様のお使いが そろって空...
天皇誕生日(てんのうたんじょうび)は、日本の国民の祝日の一つである。日付は、第126代天皇徳仁の誕生日である2月23日で、令和2年(2020)以降2回めとなる。 今年は、コロナ禍の影響で、一般参賀もなく、天皇陛下お一...
昭和27年2月22日は、高浜虚子の78回目の誕生日である。 昭和25年7月には、虚子は眩暈を起こしたが1週間ほどで回復した。その年の12月中頃に、再び眩暈を起こした。「又少し頭を悪くして2週間ばかり寝ておりました...
馬酔木の花の咲く頃となった。馬酔木は、「あしび」とも「あせび」とも言う。 哲学者・評論家の土田杏村は「あしびの花」を、『花の名随筆2 二月の花』の中で次のように書いている。 馬酔木の花を見ると、大抵の人が少しさ...
陽暦2月20日、ちょうどこの頃は中国古来の天文学でいう七十二候に当たる。日本の二十四節気では雨水の初候。 この時期に獺(かわうそ)は、魚をよく捕えるが、すぐには食べずに岸に並べておく。それが、祭の供え物のように見える...
昨夜は寒の戻りのような寒さであったが、今朝の晴れわたった空の青さの美しいこと。畑に行きたがっていた夫を無理矢理に誘って、大喜びの犬のノエルを連れて、蛇沼の雑木林へ出かけた。 雑木林は、まだ木の芽が吹いていなくて、...
1930年2月18日、アメリカのアリゾナ州にあるローウェル天文台で助手であったクライド・トンボ―が、後に冥王星と命名される新惑星を発見した。明るさ15等星の小さな星は望遠鏡では見つけることはできないが、膨大な写真を検証...
「春一番」は、春になって最初に吹く強い南寄りの風のことで、2月末か3月初めの頃に吹く。一日中吹き荒れて「春風」の穏やかさはないが、この風で木の芽がほころぶ。船乗りや漁師が今でも使う風の名が一般に普及したもので日本海低気...
2月16日は日蓮大聖人御誕生会。そして今年は、承久4年(1222)に生まれた日蓮の生誕800年であるという。 日蓮(にちれん)は、鎌倉時代の仏教の僧。鎌倉仏教のひとつの日蓮宗(法華宗)の宗祖。 『日蓮のことば365...
昨夜は2月14日のバレンタインデー。浮かれる当てなどないのに浮かれた1日が終わり、私より先に私の枕で寝込んでしまった犬のノエルに「どいてネ」と言って、寝入った途端、ドーンと落ち込むような縦揺れの地震が起きた。 え...
2月14日の今日はバレンタインデー。ローマの司教、聖バレンタインが殉教した日であるが、アメリカに生まれた習慣からこの日は女性から恋を打ち明けてよい日となりチョコレートを贈る。 アメリカから入ってきたバレンタインデ...
「春の雪」は、春になって気温が上がってから降る雪は、結晶が融けかかっているため、たがいに密着し合って大きな雪片となり、積もっても溶けやすく、降るそばから消えるので淡雪ともいう。しかし、年によっては意外な大雪が積もり、思...
『立子へ抄』は、次女星野立子が主宰する「玉藻」に創刊号(昭和5年)から昭和34年まで30年間書き続けた「立子へ」は、俳句の作り方、読み方、折々の感懐、回想など虚子が興のおもむくままを記した俳話集。解説は今井千鶴子。 ...
『俳談』は、昭和18年、虚子の古希を記念して刊行された俳話集。大正14年から昭和15年にかけての「ホトトギス」座談会等での発言を抜粋したもので、俳論、文学的回想、身辺雑記など150余の短文からなる。座談の名手であった虚...
梅花の感じは、気品の感じである。 気品は、一の芳香である。眼にも見えず、耳にも聞えない。或る風格から発する香である。 (略) それはまた、梅花の気魄である。霜雪の寒さを凌ぎ、自らの力で花を開き、春に魁けして微笑み...
上村松園は、明治生まれの日本画家で、「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」を念願として、女性の目を通して女性を描き続けた。代表作に『焔』『序の舞』他。 著書に『青眉抄』がある。その中の「友...
大串章氏の作品は、1年近く前の3月20日の「千夜千句」第百三十二夜で紹介させていただいた。第3句集『百鳥』が上梓されたころであった。 平成9年、蝸牛社から刊行した俳句・背景シリーズ9巻目に、大串章氏は『抒情の曠野』を...
中西夕紀さんより戴いていた『朝涼』を、久しぶりに繙いてみた。お若い方と思っていたが、既に、本著は第3句集であり、俳誌「都市」の主宰者であり、活躍されている作家であった。 『朝涼』のあとがきに、次のような印象的な文...
鈴木すぐるさんは、奥様の鈴木征子さんとご一緒に、深見けん二先生の「花鳥来」に入会されてからのお仲間である。 平成12年、「花鳥来」の忘年会でお会いして驚いたことを覚えている。というのは、その3年前の平成9年に蝸牛社か...
1936年(昭和9)2月5日は、日本職業野球連盟が設立された日で、「プロ野球の日」と定めた。7チームで初の社会人野球のリーグ戦が行われるようになった。 太平洋戦争が始まると日本野球報告会と改名し、野球用語英語使用禁止...