第四百五十夜 土肥あき子さんの「猫の子」の句
「猫の恋」の俳句を考えていたとき、もう随分と昔、平成19年刊の『あちこち草紙』を、友人の作家ヒロコ・ムトーさんから戴いていたことを思い出した。俳人の土肥あき子さんは句と文章、画家の森田あずみさんは猫の絵という三つのコラ...
「猫の恋」の俳句を考えていたとき、もう随分と昔、平成19年刊の『あちこち草紙』を、友人の作家ヒロコ・ムトーさんから戴いていたことを思い出した。俳人の土肥あき子さんは句と文章、画家の森田あずみさんは猫の絵という三つのコラ...
今日2月3日は、令和3年立春である。よく晴れたうつくしい1日となり、気温は高目だが風が強く、空をゆく白雲が小舟のように流れていた。夕暮れの入り日はどうかしらと、外に出ると靄のかかった西空は濃いオレンジ色に染まっていた。...
くまさん まどみちお はるが きて めが さめて くまさん ぼんやり かんがえた さいているのは たんぽぽだが ええと ぼくは だれだっけ だれだっけ はるが きて めが さめ...
今日2月1日は、河東碧梧桐の忌日である。 平成4年(1992)、蝸牛社より滝井孝作監修・栗田靖編『碧梧桐全句集』を刊行した。大きなダンボール箱に瀧井孝作が出版の準備を整えてあった手書きの原稿は、娘の版画家小町谷新子さ...
1月23日につくば植物園に行ったときは、紅梅も白梅も「ああ、もう咲いている」というほどの咲き具合であった。今日は近くの守谷市の四季の里公園に立ち寄ってみた。つくば市よりも50キロほど南なので、もう咲いていると思っていた...
1月30日は、マハトマ・ガンディが1948年に暗殺された日である。イギリス植民地であったインドを、イギリスからの独立運動を指揮した。運動は一貫して「非暴力、不服従」であった。 1982年に映画『ガンジー』が日本で公開...
1月もあと2日となった。晴れた日には春がすぐそこまで来ていると思うが、昨日は寒くて、夕方には雪が降りはじめた。2時間ほどすると雪は積もることなく止んだ。夜には、星も瞬きはじめた。 平井照敏編『新歳時記』の「春隣」...
アメリカ合衆国のスペースシャトルの実験は1981年から2011年に135回打ち上げいる。1986年のチャレンジャー・スペースシャトル・オービタは10回目のミッションの打ち上げ中に爆発し、クルー7名全員が死亡。日系人のエ...
「世界ハンセン病の日」は、1月の最終日曜日と決められ、令和3年の今年は、1月31日である。回復者に対する偏見と差別を根絶するためのグローバル・アピールは、2006年以来、毎年世界ハンセン病の日に合わせて発表しているとい...
臼田亜浪(うすだ・あろう)は、明治12年(1879)-昭和26年(1951年)、長野の生まれ。法政大学卒。初め新聞界に入るが、俳誌『石楠』を創刊、主宰し、俳句に専念した。高浜虚子・大須賀乙字の影響を受けながら、独自の俳...
大屋達治氏の作品は、偶然だが猫の句を選んだ。大の猫好きの友人に、『猫の遺言状』『野良猫ムーチョ』などベストセラーの著書をもつヒロコ・ムトーさんがいて、猫の性格は、わが家の犬とは違って複雑で愉快そうなので、何冊か猫の本も...
一日一怒! この言葉を、私は同時代人のための「時代訓」にしたいと思う。もっと気軽に怒ろうではありませんか。 親父の尻を蹴っ飛ばし、 お役所仕事に噛みつき、 矛盾と不合理を殴り飛ばし、にっこり笑って、 ...
筑波山の麓にある筑波実験植物園(つくば植物園)に出かけた。9時の開園に入場したが、2人の園丁に出合っただけで誰ともすれ違うことがなかった。 入口の右側には梅の木があり、紅梅と白梅がちらほら咲き始めている。紅梅の蕾のふ...
雀は一年中見かけるが、厳寒には餌を求めて人家に近づく。朝日が赤々と登るころの電線には並んで止まっているかわいい姿を見かける。 食べたことはないが、若い頃の父から「今日、雀の焼鳥を食べたよ」と、聞いたことがある。現在、...
本日の早朝2時は、アメリカ合衆国では1月20日の正午であり、首都ワシントンで大統領就任式が行われ、民主党のジョー・バイデン氏が第46代大統領に就任した。カマラ・ハリス氏は、アメリカ初の女性でアフリカ系でアジア系の副大統...
令和3年20日の今日は大寒。昨日今日、名に違わぬ気温の低さと風の強さと寒さである。朝日と夕日の茜色は濃く美しく、下村非文に〈大寒の力いつぱい落つる日よ〉の句がある。 大正9年1月20日は、大須賀乙字の忌日である。...
「雪女」「雪女郎」「雪鬼」「雪坊主」「雪の精」と、俳句では詠まれているが、雪の夜に出るといわれる妖怪で、雪国にいろいろな話が伝えられている。江戸の歳時記『年浪草』には、「深山雪中、稀に女の皃(かお)を現ず。これを雪女と...
今朝の9時過ぎ、いつものようにスーパーへ買物に行こうと車のドアを開けようとしたとき、小雪がぱらぱらと降ってきた。曇天であったが、雪の予想はなかった。そのままフロントガラスに跳ねる白を楽しみながら店に入り、レジの人に、外...
平成23年、奥坂まやさんの第3句集『妣の国』を頂戴してから随分と経ってしまった。好きな作品に印をつけたまま、お礼状を出すことが出来ていたか定かではない。 久しぶりに手にとって、見てゆくと〈いつせいにマスクをはづす一家...
平成4年は、出版社蝸牛社が、『秀句三五〇選』シリーズ、『蝸牛 俳句文庫』シリーズ、『蝸牛 新季寄せ』などの俳書を多く手掛けていたころで、多くの俳人の方々の俳句を読んで、名句を集めていた。 正木浩一さんが、癌になって僅...
日本画家平山郁夫の著書『生かされて生きる』に、次の文章を見つけた。 スケッチは、対象物に自分をぶつけることが大切だ。無心になると言い換えてもいいし、無我夢中になると言ってもいい。あるいは集中して描くと言ってもいい...
令和3年の初場所は1月10日からスタートして、今日は5日目。2横綱の白鵬と鶴竜が休場中で、貴景勝と朝乃山と正代の3大関が今場所を牽引しなくてはならないのだが、3大関が揃って勝ったのは、5日目の今日が初めてである。 明...
今日は、BSテレビで、1945年制作のアメリカ映画『白い恐怖』を観た。監督は、アフフレッド・ヒッチコック、主演は、イングリッド・バーグマンとグレゴリー・ペック。原題の『Spellbound』には「魔法にかかった」「魅了...
寒の入となって小寒の最中。あれほど冬晴れの続いた正月が過ぎて間もなく寒波が訪れた。茨城県南は寒いだけだが、少し北側、少し山沿いにゆくと雪の影響がでている。 冬になり、お正月を過ぎたころから寒くなる。「おお、寒っ!...
石神井公園の三宝寺池の奥に池面に張り出すようにして辛夷の木がある。真冬なのに銀色の木の芽が出ていることに気づいたのは、やはり俳句を始めてからであった。 それからは、冬の雑木林や公園の寒林をゆくときは、木の芽も探すよう...
『エベレストを滑った男 冒険に生きる』は、日本のプロスキーヤー、登山家の三浦雄一郎の著書から、1970年、エベレストの山頂直下の8000メートルのサウスコルからスキーで、それもパラシュートによる滑降したときの、ヒラリー...
熊谷守一の『へたも絵のうち』を読んでいると、次の箇所が飛び込んできた。 二科の研究所の書生さんに「どうしたらいい絵がかけるか」と聞かれたときなど、私は「自分を生かす自然な絵をかけばいい」と答えていました。下品な人...
正月はいつまでを言うのか、と改めて問われると「7日までじゃない?」「えっ、15日までじゃない?」と、幾つかの答えが返ってくる。一応、松の内を正月と考えるのが大方であるが、昔は15日までを松の内としていたが、とくに関東で...
昭和21年羽田書店刊行の『小諸百句』は、昭和19年年9月から昭和21年10月までの約2年間に詠まれた百句を制作順でなく新年から順に並べてある。 『虚子五句集』の年代順に慣れた私には最初戸惑いがあったが、何度か読んでい...
俳句を始めたばかりのころ、侘助を知った。わが家の庭には椿が数本植えてあって椿は好きな花の1つである。好きな花を追いかけるのは、俳句のテーマとして追いかけるのだが、ある数年は落椿ばかりを追って、庭園や旧家の庭先など好きな...
高浜虚子は父親譲りの能楽好きで、鎌倉に仲間と一緒の能楽堂を建てたほどである。 虚子の愛弟子の深見けん二先生の「花鳥来」に入り、虚子俳句を鑑賞する機会を得た私は、能を知っておきたい、能舞台で観ておきたいと、集中して観に...
臘梅の花も、ちらほら咲き始めているころであろうか。関越自動車道の練馬インターの近くに住んでいたこともあって、私は、父を連れて秩父までよく走った。1月には、長瀞からロープウェイで宝登山ロウバイ園へ行った。 ロープウェイ...
今日は1月3日、箱根駅伝の2日目。母校の青山学院大学は、2004年に原晋(はら・すすむ)を監督に招聘し、2010年に初めてシード権を獲得。2015年の第91回箱根駅伝において、悲願の総合初優勝を成し遂げた。翌2016年...
今日は、新年の二日である。年末に暇がなくて年賀状はいつものように箱根駅伝をバックグラウンド-ミュージックに書き始めた。私の母校はこのところ連勝していた青山学院だが、今年の往路は残念な結果となった。 書き終えた賀状...
令和3年1月1日、お正月である。例年、初日の出を見に早起きをしているが、今年は何故か起きることができなかった。勢いが必要かもしれない。 コロナのニュースを目にしてからおよそ1年となる。 昨日、令和2年最後の日の東京...
あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今日は令和2年12月31日、大晦日。大三十日とも表記するということをすっかり忘れていた。一年の境目のこの日、年の夜、大年、年越、除夜と様々な呼び名がある。 仕事をしている私は、年末は片付けと新年の準備で慌ただしいのだ...
『虚子俳話』に「壺中の天地」という文章がある。終戦になった昭和20年、まだ小諸に疎開中であった虚子は、朝日新聞の俳壇の選者となった。隔週で、昭和30年からは評を加え、小俳話を合わせて載せるようになった。さらに、俳話のあ...
八手の花は、初冬に咲く庭木の花として代表的なもの。葉は柄が長く、先が8つほどに裂けていることから「八手」と呼ばれ、掌のようにも天狗の団扇のようでもある。枝先に白い苞につつまれた円錐形の花序をつける。 『薬草カラー大図...
今日は12月28日、今年が終わるのは、もういくつ寝るとお正月、と唄われるように、あと数日となった。コロナのニュースが中国の武漢から流れて、なんだろう、と思っている間に、外出を控えること、マスクを付けること、ソーシャルデ...
一昨日の12月24日から、フィギュアスケートの全日本選手権が行われている。男子が先に勝負は終わり、羽生結弦が、ショート1位を終えて昨夜のフリーでは、圧巻の演技をした。大ファンの結弦がジャンプを跳ぶときは、まともに観てい...
風花を見たことがあるような気がしている。俳句を始めるずっと前の大学時代に友人たちと行った霧ヶ峰のスキー場で出合った雪片は風花であったかもしれない。 ひらひら飛んできた雪片を手に受けたとき六角形で、のちに、「六の花(む...
今日はクリスマス。いつもよりずっと早く目覚めた男の子は、ベッドの柱にぶら下げておいた袋をのぞいた。ぺちゃんこだ。 「ママーっ! ボクんとこにプレゼントが来なかったよ。」 「そんな筈はないわ。よーく、探してごらんなさ...
子育ての中でいちばん楽しい時期がクリスマス。なにしろ、12月の初めから、サンタさんの話を聞かせていたわが家では、24日の晩にサンタさんが本当にやってくるのか、いい子の家にはプレゼントを持って来るっていうけれど、ボクはい...
昔、冬は本当に寒かった。小学生時代を思い出すと、いつだって白い息を吐きながら外で遊んでいた。 今年は、コロナがまた勢いを増しているからか、外でマスクを付けていない人に出合ったことはない。夜の犬の散歩で、草を食べたり、...
このところの冬晴れにつられて、2日続けて、菅生沼の白鳥を見に行った。ここは小白鳥の飛来地。 深見けん二先生の「白鳥」の句を紹介しようと、確認のために『深見けん二俳句集成』を開いた。その中の第5句集『余光』は平成3年、...
12月21日は今年の冬至である。太陽がいちばん北半球から遠ざかるときで、一年中で昼がもっとも短く、夜がもっとも長い日で、ちなみに今日の日の出は6時47分、日の入りは16時30分であった。 朝からずっと冬晴れのよい天気...
ここ数日の寒さで、銀杏並木の黄葉もすべて散り終えて、冬晴れの青天に万朶をすっくと見せて、冬木街道になっている。 冬木で好きなのは、幹も枝ぶりも立派な欅。練馬区に住んでいた頃、車で10分ほどの近さの光が丘公園には桜の木...
句会では、「懐手」などの季題は最近では本来の形として見ることはなくなりつつある。前もって兼題が出たり、句会で席題が出て、慌てて歳時記や季寄せに、首っ引きで作るなどを重ねて、漸く覚えてゆく。 「懐手」とは、寒いときに手...
田中芥子は、俳人であり版画家である。俳号「芥子」は、芥子(けし)の花だが、昭和17年に高浜虚子に入門すると虚子から「かいし}と呼ばれ、以降「たなかかいし」となったという。 版画作品は、「俳画まんだら」の中で拝見したこ...
狼は、日本ではすでに絶滅した猛獣である。耳が立ち牙がある狼と犬が似ているのは犬の先祖が狼であったからである。人間が狼を生け捕りにして飼いならすことができると、人間は狼を犬と呼んだ。狼が山犬と言われる所以である。 狼に...
冬の動物といえば、キツネ、タヌキ、オオカミ、などが浮かぶ。私は大分県の生まれで、4歳からは東京で育った。一人っ子の私は、狐が化ける話とか、人間にいろいろな悪さをするといった話は、親から聞くことはなかった。 そうした話...
今日は、昭和63年12月15日に亡くなられた、山口青邨先生の忌日である。 私が、深見先生に師事したのは平成元年の4月、家から一番近い光が丘のカルチャーセンターからであった。半分は講義で半分は句会が行われる深見教室の...
元禄15年12月14日、主君浅野内匠頭の仇討で、吉良上野介邸に赤穂藩士四十七士が討入をした日である。NHK大河ドラマ「赤穂浪士」を始め、忠臣蔵はタイトルを変えて作られた。歌舞伎では「仮名手本忠臣蔵」があり、初代中村吉右...
倉田紘文先生は、蝸牛社刊『秀句三五〇選 死』の編著者として、このテーマに取り組んでおよそ半年、悶々と過ごされたという。 今、本書が刊行されて既に30年が過ぎた。そして平成26年、紘文先生はお亡くなりになられた。 私...
今日は土曜日、朝から家の中でいろいろ片付けていて遂に、夜の犬の散歩で外に出た。畑の間の砂利道をぬけてゆくと、大通りのふれあい道路だ。今、銀杏並木は黄葉を半分ほど落としてはいるが夜の紺色の空に黄色が映えてうつくしい。わが...
今朝、窓からの眺めは一面の濃い霧であった。利根川が近いから霧が湧く。私はすぐにも飛び出して10年前のように利根川の土手を歩きたかったが、案の定、夫に止められた。 12月になると手紙を書くことが多い。父や母のこと兄や姉...
癖になりそう、というほどの鑑賞力が私にあるわけではないが、時折つつかれて、考えてみたくなる作者である。加藤郁乎俳句は、今宵は2度目、最初は第二百三十九夜で〈切株やあるくぎんなんぎんのよる〉のシュールな作品を試みた。 ...
12月9日は、夏目漱石は、慶応3年(1867)-大正5年(1916)、最後となった小説『明暗』の執筆中に胃潰瘍のため49歳で死去。この日を漱石忌という。 漱石の俳句数は、『漱石全集』によれば生涯で2527句。明治28...
昭和16年12月8日、日中戦争の行き詰まりの打開のため、日本はアメリカ合衆国とイギリスへ宣戦布告した。この日を第二次大戦の開戦日とした。 私は、昭和20年11月の生まれで、全くの戦後派として育っているので、社会科の授...
本日12月7日のニュースで、有馬朗人先生が亡くなられたことを知った。90歳であった。同じ山口青邨門下の深見けん二先生の「花鳥来」の会員の私は、やはり、有馬先生とお呼びする。 平成7年、あらきみほ句集『ガレの壺』の刊行...
12月上旬、今日は晴天。ちょっとの買い物が、筑波山を広々と見わたす枯田道へと遠回りになってしまった。長く続く銀杏並木は半分は散り半分は黄葉が朝日にちらちら照らされて美しかった。主婦の短い家出もたのしいもの。 今宵は、...
奥田智久氏の俳号は、本名の「智久(ともひさ)」を(ちきゅう)と読む。もう大分前のことで作品を正確に思い出すことができないが、作品の雰囲気から「智久」を「地球」のように感じたことがあった。 今宵は、奥田智久氏の作品...
千原草之氏を知ったのは、最初は、虚子の小説「椿子物語」の主人公となった千原叡子さんのご主人であり、また、昭和22年に波多野爽波をリーダーに結成された関西の「春菜会」のメンバーであることであった。虚子は同時に、東京の「新...
「冬の日」と「冬日」の違いを考えながら例句を探していて、『山口青邨季題別全句集』の中に、〈冬の日のかなしや半日村といふ〉の作品に出合った。「半日村」って何だろうと調べているうちに児童文学作家の斎藤隆介、切絵作家の滝平二...
12月2日と3日のまる二日かけて行われる大掛かりな秩父神社の祭は、曳山祭と言われ、笠鉾と山車の6基が、秩父屋台囃子の奏されるなか、夜を徹して市中を練り歩き、御旅所まで渡御する。花火も盛大に打ち上げられるそうだ。 この...
今日は12月1日の師走。カレンダーを捲ると、わが師深見けん二の色紙であった。見事な冬晴れの朝一番に〈わが頬を燃やし励ます冬日かな〉の作品に出合って、うきうきしてしまった私は、久しぶりにお声を聞きたくなり、お電話をかけて...
このところ、割合に晴天が続いてをり、時には雲間から覗く月夜もあったが、日に日に丸くなり今日は冬満月だ。夜の9時には雲も消え、一等星の星たちも霞むほど、月は明るく黄金色に輝いていた。 今宵は、冬の月の作品5句を紹介して...
11月も終わり頃になると、晴れた日の茨城県南の夜空は、澄んでいた秋の空よりもずっと沢山の星々が輝くようになった。北斗七星は南の正面に見える。 秋よりも夜空が澄んでくるのは凩が吹く霜夜。よく光る荒星となるから、小学校や...
松澤昭氏の略歴には、氏の俳句の特長として、季定型を守りつつ、写生を超えて心象風景を描きだす「心象造型」を唱えた人であると書かれていた。 写生を超えた心象風景とはどういうものなのだろう。 写生による描写があってこその...
そろそろ12月、冷たい風が吹いていよいよ寒さと戦う季節が近づいてきた。 風は、寒風、北風、からっ風、凩(こがらし)、もがり笛、虎落笛(もがりぶえ)、鎌鼬(かまいたち)、しまき、などがある。また地方特有の名もある。 ...
数日続いた曇りがち雨がちの天候とは打って変わって、今日は小春日和となった。わが家の北側のふれあい道路の銀杏は完全に黄葉し、幹の内側から滑るように散っている。とっても素敵なのに市役所から清掃車がやってきては、車道の落葉を...
富安風生の特長の一つは軽妙洒脱である。 『自句自解富安風生集』によれば、ホトトギスにおいて、高浜虚子における去来的存在であった田中王城から、風生俳句の破格破調の句に対して、「かくて若い者は風生と共に地獄に堕ちる」とい...
茨城県に越してきて、句会に出られず俳句の仲間とも会えない頃、毎日のように今思うと認知症になりかけていた母と先代の栗犬オペラを連れて、ほぼ毎日のようにドライブしていた。 全国2位という米所は、一面の苅田。そこへ代わりば...
利根川に沿って、ふれあい道路がある。半分は桜で半分は銀杏の街路樹だが、今は銀杏黄葉となって散りかかり降りしきっている。落葉も遅速があり、往復の景色も、朝日の頃と夕日の頃とを考えて買い物の時間をずらしている。 この、ち...
大学時代からの友人であるヒロコ・ムトーさんは、作詞家、ミュージカル作家、エッセイストであり、大変な猫好きでもある。最初の猫の五右衛門(ごえもん)は、チンチラ・シルバー種の白い美しい猫で、何とメス猫。この猫を飼うことにな...
時雨は晩秋から初冬の頃に、晴れていたかと思うと一瞬に曇りさっと降り、また晴れるといった雨で、通り雨ともいう。語源は「しばしば暮れる」「過ぐる」だそうである。 「初時雨」は、「初」の1文字のあることでいよいよ時雨の季節...
今朝の犬の散歩でのこと、いつも畑道を抜けてゆくが、道の濡れ方が不思議であった。途中までは濡れていないのにその先に雨の降った形跡がある。関東平野の真ん中にある守谷市は、白雲や黒雲が通り過ぎてゆくがよく見える。黒雲の下にさ...
北海道は、旅行で一度だけ訪ねた大地だが、知床へ向かうバスからの暮れてゆく大空の広大な景色に何とも言えない感動をおぼえた。東から、どんどん暗くなり黒くなってゆくが、ふり返ると西の空は明るく、徐々に赤味を帯びていった。 ...
嶋田麻紀さんが未発生脳動脈瘤の開頭手術をされたことは、お送りいただいている2020年8月号「麻」の随筆で知った。夫の荒木清が真っ先に読むが、「麻」を読むや、驚いた様子で「君も読みなさい」と、冊子をわたしてくれた。 コ...
今日、埼玉県寄居にある父母の墓参りをしてきた。秩父が好きな父が墓所を求めたのは、当時練馬区に住んでいて関越自動車道を走れば、元気な頃は簡単に秩父へも遊びに行けるし、遺された者にとって墓参りにも行きやすいと考えたからだ。...
日原傳氏は、有馬朗人先生がご指導されていた東大俳句会に、一時、私の長女も在籍していたことから、お名前は存じ上げていた。 この度、『蝸牛 新季寄せ』の中に、「零余子」の作品を見つけて懐かしく思い出した。 今宵は、日原...
中村草田男は、「千夜千句」の第四十六夜で「秋の航」の句を書いていて、今回は2回目である。だが1回だけでは草田男俳句の魅力は伝えられないし、私自身も解らないことが未だたくさんある。 草田男の弟子であり「方舟」主宰であっ...
鈴木鷹夫氏は、蝸牛社の『秀句三五〇選 遊』の編著者としてお世話になっていた。お亡くなりになられ、奥様の鈴木節子様が結社「門」を継承されていることを知った。 秀句三五〇選シリーズを眺めているとき、『友』に〈八方に友得て...
もう10年以上も前になるが、高遠城址公園の桜の満開の頃に出かけた。コヒガンザクラの赤みがかった桃色の花びらは小さめで品がある。園内には句碑も多く、その中に河東碧梧桐の句碑もあった。おおらかな文字はいつ見ても好きだ。 ...
田中禮子さんは、光が丘NHKカルチャーセンターの深見けん二先生の俳句教室に私より3年後に入会された。1ヶ月後の教室で、「あなた、もしかして◯◯ミホさん・・?」と旧姓で訊かれた。 驚いたことに、禮子さんは青山学院高等部...
昨夜の第三百六十四夜の中で、阿部青鞋の〈くさめして我はふたりに分かれけり〉を紹介した。今までになかった独特の発想にうれしくなり、書棚の『ひとるたま』を取り出して読み直した。 改めてプロフィールを読み、青鞋氏の「随想」...
コロナという病魔が、じつは何だかよく解っていないまま、長い閉じ込められた日々が続いている。2月からいきなりステイホーム、リモートワーク、テレワークなどの片仮名用語、#(ハッシュタグ)の記号が新聞やテレビに飛び交っている...
椿が好きな私が、花の時期も重なっていて葉や花の形の似ている山茶花のことを知りたいと思うようになったのは、茨城県へ越してきてからであった。しばらくは東京まで車で往復して仕事をしていたが、ハイウェイを下りて家まで、40分ほ...
小林貴子さんは、蝸牛社の秀句三五〇選シリーズの『芸』に編著者としてお書き頂いた。『虫』をお書きくださった、貴子さんの師である「岳」主宰の宮坂静生先生の原稿とともに、編集整理をしていた日々を思い出している。 今宵は...
昨日は「立冬」の日付を間違えてしまった。今朝になって気づいて訂正させて頂いたが、本日の11月7日が「立冬」であった。季節を大切に俳句を詠む皆様に、私は、俳句に携わる者としてあるまじき間違いをしてしまった。申し訳ございま...
明日11月7日は立冬。私は11月生まれ、しかも立冬直後の頃に生まれているので、晩秋から初冬の晴れた日などは身体中の細胞が喜んでいるのを感じるほど。季題の主題は「立冬」、傍題に「冬に入る」「冬来る(ふゆきたる)」「冬立つ...
松本つや女は、ホトトギスで活躍した松本たかしの妻である。昭和4年、病み勝ちのたかしの看病のために鎌倉浄妙寺に住込み住込みの派遣看護師となりやがて二人は結婚する。 私は、松本たかしの俳句が好きで、大分読んでいたと思った...
今日、みすず書房刊『現代俳句全集』をぱらぱら捲っていて、中川宋淵に出合った。お名前は知っていたし、蝸牛社刊『秀句三五〇選』シリーズにも、登場している。だが、宋淵が飯田蛇笏門であり臨済宗の禅僧であるということは初めて知っ...
今朝も、ふれあい道路を守谷から隣駅の取手まで走ってパン屋に行った。美味しい店だからわざわざ行くのだが、15キロの道のりの3分の2は銀杏並木が続いていて、少しずつ黄葉が進んでいる。これが見たくて、私は、毎日のささやかな吟...
酉の市とは、11月中の酉の日に行われる鷲神社(おおとりじんじゃ)の祭礼で「お酉さま」といって親しまれている。東京浅草の鷲神社が最も名高く、この日は熊手や唐の芋などの縁起物の露店が参道を埋め、雑踏をきわめる。初酉を一の酉...
夫の畑にも庭の隅にも、小菊がびっしりと蕾をつけて先の方に花の色がほんのり見え始めている。茨城県南の守谷市に越してきてはや15年が過ぎ、もう気分はすっかり地の人である。 畑を作りはじめたのは、越して直ぐだ。夫は、地元の...
今日は、11月1日の「万聖節」の前夜祭。かつてはカトリック教会の祝日の1つで、万聖節の夜は日没から1日が始まるとする文化である。ことにアメリカに根付いた祭日で、日本にはアメリカ文化とともに入ってきた。 カボチャをくり...
能村登四郎は2度目の登場になるが、知的であり、どこかにこっとするユーモラスな面もあり、身体中に和歌という古典の調べが染み込んでいる良い作品に出会ったら、やはり何度でも紹介したくなる。 秀句三五〇選シリーズの中でも、ほ...
荒木田守武は山崎宗鑑とともに、戦国時代に松尾芭蕉に先立って俳諧の始祖と呼ばれていた。俳諧とは、もともとの連歌にはなかった卑俗的で滑稽を詠むために生まれたものが「俳諧連歌」であり、略して「俳諧」と呼んだもの。 俳諧連歌...